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みんなの「ルネッサンス」ブログ

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古楽つまみ食い(43)ドゥアルテ・ロボ  「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽などが... ...続きを見る

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2017/07/21 07:34
古楽つまみ食い(42)ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ
ン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。ダウランドの曲は、そんな人間の常態を、「爽やかな... ...続きを見る

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2017/07/20 08:07
古楽つまみ食い(41)スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」他
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなどへと... ...続きを見る

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2017/07/19 07:23
古楽つまみ食い(40)ジェズアルド 「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという卑劣な罪を犯したダビデの悔い改めが素材になっている詩篇51篇によるが、苦渋の生涯を送ったジェズアルドにも特別な思いが込められているのかもしれない。ジェズアルドの「ミゼレーレ」には大変魅力的な深い響きがある。 ...続きを見る

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2017/07/18 07:35
古楽つまみ食い(39)マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。 マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多い。 ... ...続きを見る

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2017/07/17 08:07
古楽つまみ食い(38)トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家として、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフが君の恋人を」... ...続きを見る

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2017/07/16 07:52
古楽つまみ食い(37)G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという卑劣... ...続きを見る

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2017/07/15 07:47
古楽つまみ食い(36)ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。 「サクラ・シンフォニア集2... ...続きを見る

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2017/07/14 07:30
古楽つまみ食い(35) レヒナー  モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主
レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 レヒナーのモテト「もし主の御手から恵みを得るならば」は、胸にずんと染み入ってくるような美しさがある。 歌詞の中に「... ...続きを見る

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2017/07/13 07:37
古楽つまみ食い(34) ヴィクトリア レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」 他
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。 レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろうか。 ... ...続きを見る

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2017/07/12 10:00
古楽つまみ食い(33) ヴィクトリア 「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。 教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしまうほ... ...続きを見る

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2017/07/11 07:46
古楽つまみ食い(32) W.バード  「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2017/07/10 07:10
古楽つまみ食い(31) W.バード 「Sing joyfully unto God 」
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答える」というキーワードが... ...続きを見る

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2017/07/09 07:42
古楽つまみ食い(30)W.バード  コンソートソング(清らかな英国半島)
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。また、「キリストは蘇りChrist rising again」... ...続きを見る

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2017/07/08 08:04
古楽つまみ食い(29)コヴェントリ・キャロル  「ラリ ルラ、小さき子よ」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いていて、イエスの降誕に伴う幼児への鎮魂歌である。子守唄のやさしさのなかに、母親の悲しみが広がってくる。特にバ... ...続きを見る

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2017/07/07 07:45
古楽つまみ食い(28)ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にして日なる... ...続きを見る

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2017/07/06 05:59
古楽つまみ食い(27)ラッスス 「レクイエム(5声)」
ラッスス(フランドル1532-1594)のレクイエムも素晴らしい。 ラッススのポリフォニーには、ナチュラルな美しさがある。 湧き出る泉の音をいつまでも聞いているような魅力がある。「レクイエム(5声)」は、グレゴリオ聖歌の「レクイエム」とポリフォニーによる声楽部が交差して歌われ、声楽部は常にグレゴリオ聖歌の定旋律を用いてポリフォニックに展開されていく。ラッソには4声の「レクイエム」もある。 ...続きを見る

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2017/07/05 07:12
古楽つまみ食い(26)ラッスス  「音楽は神の贈り物」他
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 「音楽は神の贈り物」は6声部のモテトゥスであるが、ポリフォニーに深みがあり、調和のとれた美しい曲で、題名にふさわしい。 歌詞は「音楽は最高の神の贈り物であり、人を感動させ、神をも感動させる、音楽は激しい心を和らげ、悲しい気持ちを励ます。音楽は樹木さえ、また、恐ろしい野獣をさえ感動させる」というもの。日々古楽を聞く我々にとっても、音楽はまさに神の贈り物である。 また 「... ...続きを見る

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2017/07/04 07:33
古楽つまみ食い(25)パレストリーナ  モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとり」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 このほか、... ...続きを見る

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2017/07/03 07:30
古楽つまみ食い(24)パレストリーナ「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナ(伊1525-1594)の代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。端正で明るく、透き通るような美しさがある。 また 「スタ-バト・マーテル」はペルコレージが有名だが、パレストリーナのこの曲も美しい。 調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそ... ...続きを見る

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2017/07/02 08:08
古楽つまみ食い(23)アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」「 ティエント」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレンシア... ...続きを見る

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2017/07/01 08:13
古楽つまみ食い(22)「4声のミサ」、モテット、アンセム
トーマス・タリス(英1505-1585)は、「エレミア哀歌」で有名であるが 「4声のミサ」や数々の「モテット」、「アンセム」「ミサ」が聞き応えある。 バード(英1543-1623)とともに、エリザベス1世時代、カトリックから英国国教会のために、ラテン語から英語を用いて音楽を作ることを要請された時代の作曲家である。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲で、英国国教会版モテットのことである。彼のラテン語によるモテットにすばらしいものがある。 「祭祀たちは食を断... ...続きを見る

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2017/06/30 07:25
古楽つまみ食い(21)トーマス・タリス  「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520),ホワイト(英... ...続きを見る

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2017/06/29 07:33
古楽つまみ食い(20)モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、モテトゥスにおいて素晴らしい曲が多い。 すべてに劇的な表現力と抑制の調和が実現されている。なかでも、「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」が一層心に滲み込んでくる。 「より良き生活のうちに」は、歌詞が、「人間は,埃から生まれ死して埃に返るにすぎない存在である。」打ち砕かれた謙虚な心こそが人間にふさわしいと悔い改めを求める。「羊飼いたちよ、語れ」は「キリストのご誕生を」と歌うくだりに、えもいわれぬ喜びが感じられる。 このほかのモテ... ...続きを見る

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2017/06/28 07:15
古楽つまみ食い(19)ジャヌカン  シャンソン「狩の歌」「鳥の歌」「女のおしゃべり」 
クレマン・ジャヌカン(仏1485-1558)はフランスの世俗歌謡シャンソンの作曲家であるが、言葉に鳥や動物の擬音や擬態語を取り入れるとともに、市民の日常生活を描写した歌を作り出していて、その独特でダイナミックな音の世界に圧倒される。 「鳥の歌」「狩の歌」など鳥、動物と言葉の混成体が、四声の複雑な音の組み合わせで展開するその技は神がかりでさえある。無条件に面白いし、この時代にこのような優れた労作が数多く作り出されていたことにただただ驚くばかりである。 ...続きを見る

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2017/06/27 07:36
古楽つまみ食い(18) ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」世俗歌「兎狩り 
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死を与えな... ...続きを見る

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2017/06/26 07:13
古楽つまみ食い(17) レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。聖と俗が融合す... ...続きを見る

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2017/06/25 07:55
古楽つまみ食い(16) W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル)
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 一方、コーニッシュは宗教曲であるモテトゥスも聞き応えのある作品を作っている。 「サルヴェ・レジーナ」「キリストの母なる処女よ、喜べ」など美しい曲があるが、「... ...続きを見る

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2017/06/24 07:50
古楽つまみ食い(15) ブリュメル 「エレミア哀歌」
アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 エレミア哀歌は、なにげない音の流れに、秘めた悲しみが漂うような感動を覚える曲である。 ...続きを見る

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2017/06/23 07:15
古楽つまみ食い(14) ラ・リュ- 「レクイエム」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 彼の「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。 この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。 音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。このほか、モテトゥス「めでたし女... ...続きを見る

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2017/06/22 07:50
古楽つまみ食い(13)オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。 オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出来る。 ...続きを見る

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2017/06/21 07:47
古楽つまみ食い(12)イザーク モテトゥス「至高なる羊飼いよ」他
イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。 モテトゥス「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に向かい引き潮を聞いているような美しさがある。ほかに、「いとも賢きかの処女が」など。 ...続きを見る

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2017/06/20 07:52
古楽つまみ食い(11)イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」(シャンソン)
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2017/06/19 07:14
古楽つまみ食い(10)ジョスカン・デ・プレシャンソン「千々の悲しみ」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏トしたとされる曲。 当時スペインなどで流行、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。(この曲はモラレス、ゴンベール,ナルバエスなどが編曲している。) この曲とは別にジョスカンには、「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある。 グレゴリオ聖歌の一部が定旋律になっているモテゥス・... ...続きを見る

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2017/06/18 07:55
古楽つまみ食い(9)ジョスカン・デ・プレ 「オケゲムの死を悼む晩歌」 「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 彼の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 またアヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが... ...続きを見る

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2017/06/17 07:29
古楽つまみ食い(8)オケゲム 「レクイエム」「けがれなき神の母Intemerata Dei Mat
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放されてし... ...続きを見る

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2017/06/16 07:25
古楽つまみ食い(7)ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である。 ほかに、「「よい日,よい月、よい年」「新年の日」「もしも私の顔の青いなら」など。 ...続きを見る

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2017/06/15 08:04
古楽つまみ食い(6)ダンスタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spir
ジョン・ダンスタブル(英1390-1453)は、中世末期イギリスの最大の作曲家といわれ、大陸とイギリスの和声を融合しルネッサンス音楽誕生をもたらした人と言われている。 この曲は、中世音楽の手法である複雑なイソリズム(旋律を反復する一定の繰り返されるリズムに埋め込む手法)を用いている驚異的なモテトウスである。 二つのグレゴリオ聖歌のVeni Sancte SpiritusとVeni creator Spritusと前者の改編した曲に基づく4声を、反復するリズムにまさに埋め込みながら展開させる。... ...続きを見る

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2017/06/14 07:04
古楽つまみ食い(5)ギヨーム・ド・マショー  「ダヴィデのホケトゥス 」
ギヨーム・ド・マショー(仏1300-1377)は、ポリフォニーの本格的なミサ曲を最初に作曲した人である。 一人の作曲家がミサの通常文をすべて作曲する「通作ミサ」の最古のものがマショーの「ノートルダム・ミサ」である。古楽の黎明期であるゴシック期は、ノートルダム学派(1160-1250)、アルス・アンティクワ81250-1320)、アルス・ノヴァ1320-1380)の3期間に分けられるが、マショーは、アルス・ノヴァの時代の中心的な作曲である。 マショーは、モテトゥスや世俗曲も作っていて、「ああ... ...続きを見る

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2017/06/13 07:35
私の好きな古楽100(44) ドゥアルテ・ロボ  「レクイエム」
  ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音... ...続きを見る

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2017/03/28 07:57
私の好きな古楽100(43) ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。ダウランドの曲は、そんな人間の... ...続きを見る

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2017/03/27 07:32
私の好きな古楽100(42) スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」他  
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 ...続きを見る

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2017/03/26 08:26
私の好きな古楽100(41)ジェズアルド 「ミゼレーレ」  
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという卑劣な罪を犯したダビデの悔い改めが素材になっている詩篇51篇によるが、苦渋の生涯を送ったジェズアルドにも特別な思いが込められているのかもしれない。ジェズアルドの「ミゼレーレ」には大変魅力的な深い響きがある。 ...続きを見る

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2017/03/25 08:16
私の好きな古楽100(40) マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他  
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。 マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が... ...続きを見る

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2017/03/24 07:43
私の好きな古楽100(39)  トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家として、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフ... ...続きを見る

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2017/03/23 08:09
私の好きな古楽100(38)  G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うとい... ...続きを見る

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2017/03/22 07:31
私の好きな古楽100(37)ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ 
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。 「サクラ・シン... ...続きを見る

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2017/03/21 08:03
私の好きな古楽100(36) レヒナー 「もし主の御手から恵みを得るならば」  
レヒナー  モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」  ...続きを見る

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2017/03/20 07:59
私の好きな古楽100(35)ヴィクトリア レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」 他
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。 レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろうか... ...続きを見る

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2017/03/19 07:59
私の好きな古楽100(34)  ヴィクトリア 「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。 教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたい... ...続きを見る

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2017/03/18 08:28
私の好きな古楽100(33) W.バード  「5声のミサ」  
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2017/03/17 07:31
私の好きな古楽100(32) W.バード 「Sing joyfully unto God 」  
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答える」というキーワ... ...続きを見る

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2017/03/16 08:20
私の好きな古楽100(31) W.バード  コンソートソング(清らかな英国半島)
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。また、「キリストは蘇りChrist rising aga... ...続きを見る

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2017/03/15 07:28
私の好きな古楽100(30) コヴェントリ・キャロル  「ラリ ルラ、小さき子よ」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いていて、イエスの降誕に伴う幼児への鎮魂歌である。子守唄のやさしさのなかに、母親の悲しみが広がってくる。... ...続きを見る

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2017/03/14 08:01
私の好きな古楽100(29) ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にし... ...続きを見る

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2017/03/13 07:19
私の好きな古楽100(28) ラッスス 「レクイエム(5声)」
ラッスス(フランドル1532-1594)のレクイエムも素晴らしい。 ラッススのポリフォニーには、ナチュラルな美しさがある。 湧き出る泉の音をいつまでも聞いているような魅力がある。「レクイエム(5声)」は、グレゴリオ聖歌の「レクイエム」とポリフォニーによる声楽部が交差して歌われ、声楽部は常にグレゴリオ聖歌の定旋律を用いてポリフォニックに展開されていく。ラッソには4声の「レクイエム」もある。 ...続きを見る

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2017/03/12 08:39
私の好きな古楽100(27)ラッスス  「音楽は神の贈り物」他  
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 「音楽は神の贈り物」は6声部のモテトゥスであるが、ポリフォニーに深みがあり、調和のとれた美しい曲で、題名にふさわしい。 歌詞は「音楽は最高の神の贈り物であり、人を感動させ、神をも感動させる、音楽は激しい心を和らげ、悲しい気持ちを励ます。音楽は樹木さえ、また、恐ろしい野獣をさえ感動させる」というもの。日々古楽を聞く我々にとっても、音楽はまさに神の贈り物である。 ... ...続きを見る

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2017/03/11 07:55
私の好きな古楽100(26)  パレストリーナ  モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほと
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 このほ... ...続きを見る

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2017/03/10 07:38
私の好きな古楽100(25) パレストリーナ「教皇マルチェルスのミサ」
「教皇マルチェルスのミサ この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナ(伊1525-1594)の代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。端正で明るく、透き通るような美しさがある。 また 「スタ-バト・マーテル」はペルコレージが有名だが、パレストリーナのこの曲も美しい。 調和した響きに、静... ...続きを見る

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2017/03/09 07:48
私の好きな古楽100(24) アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」「 ティエント」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディ... ...続きを見る

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2017/03/08 07:41
私の好きな古楽100(23) トーマス・タリス   「4声のミサ」、モテット、アンセム
トーマス・タリス(英1505-1585)は、「エレミア哀歌」で有名であるが 「4声のミサ」や数々の「モテット」、「アンセム」「ミサ」が聞き応えある。 バード(英1543-1623)とともに、エリザベス1世時代、カトリックから英国国教会のために、ラテン語から英語を用いて音楽を作ることを要請された時代の作曲家である。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲で、英国国教会版モテットのことである。彼のラテン語によるモテットにすばらしいものがある。 ...続きを見る

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2017/03/07 07:38
私の好きな古楽100(22) トーマス・タリス  「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、ホワイト(英1938-1574)やパレストリーナ(伊152... ...続きを見る

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2017/03/06 07:28
私の好きな古楽100(21) モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」等
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、モテトゥスにおいて素晴らしい曲が多い。 ...続きを見る

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2017/03/05 08:15
私の好きな古楽100(20) ジャヌカン  シャンソン「鳥の歌」「狩の歌」「女のおしゃべり」  
クレマン・ジャヌカン(仏1485-1558)はフランスの世俗歌謡シャンソンの作曲家であるが、言葉に鳥や動物の擬音や擬態語を取り入れるとともに、市民の日常生活を描写した歌を作り出していて、その独特でダイナミックな音の世界に圧倒される。 「鳥の歌」「狩の歌」など鳥、動物と言葉の混成体が、四声の複雑な音の組み合わせで展開するその技は神がかりでさえある。無条件に面白いし、この時代にこのような優れた労作が数多く作り出されていたことにただただ驚くばかりである。 ...続きを見る

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2017/03/04 08:29
私の好きな古楽100(19)  ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」世俗歌「兎狩り
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死... ...続きを見る

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2017/03/03 07:40
私の好きな古楽100(18)  レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。... ...続きを見る

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2017/03/02 08:14
私の好きな古楽100(17)  W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 ...続きを見る

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2017/03/01 07:27
私の好きな古楽100(16) ブリュメル 「エレミア哀歌」、 ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」
アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 しかし、ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」、および「エレミア哀歌」を聞く限り、素晴らしい作曲家であることが分かる。特にミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」は、12の声部の複合唱技法が巨大な和音となって鳴り響き、おおきな森を感じさせる傑作である。多が一で一が多であるような。 また、エレミア哀歌も、なにげない音の流... ...続きを見る

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2017/02/28 08:00
私の好きな古楽100(15) ラ・リュ- 「レクイエム」
 ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 彼の「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。 この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。 音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。 ...続きを見る

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2017/02/27 07:21
私の好きな古楽100(14) オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。 オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出... ...続きを見る

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2017/02/26 08:03
新この一曲(78)フローベルガー 「トッカータ第11番(聖体奉挙のために)」他
フローベルガー(独1616-1667)については、(77)で組曲など標題音楽について取り上げたが、その中で「フローベルガーは、ヘルマン・ヘッセの小説「ガラス玉遊戯」の中で、主人公クネヒトが初めて出会う音楽名人のイメージとして取り上げられている。」と書いた。 ヘッセのフローベルガーへの思いは、標題音楽ではなく、ブクステフーデやバッハへ連なる荘重な鍵盤音楽のイメージを持っていたのではないかと思う。 彼の重厚さをイメージする音楽は、トッカータ、リチェルカーレ、カンツオーナ、ファンタジア、カプリッチ... ...続きを見る

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2016/12/10 08:37
新「この一曲」(77) フローベルガー  標題音楽「哀歌」 ほか
ヨハン・ヤーコブ・フローベルガー(独1616-1667)は、初期バロック時代の鍵盤楽器奏者、作曲家でフレスコバルディの弟子で、イタリアの音楽をドイツに橋渡しをした。ブクステフーデやバッハに先行するドイツの重要な作曲家である。バロック時代の組曲の構成舞曲(アルマンド、ジーク、クーラント、サラバンド)を確立したとされる。彼には下記のような、いくつかの標題音楽があり組曲に組み込まれている。いずれも題名が面白く情感豊かな曲が多い。 ●「皇帝フェルディナント3世陛下の痛切の極みなる死に捧げる哀歌」「... ...続きを見る

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2016/12/09 07:26
新この一曲(76)エティエンヌ・ムリニエ「ヴィオールのための4声ファンタジア」
エティエンヌ・ムリニエ(仏1600頃-1669以降)は、ルイ13世頃のフランス・バロック音楽における歌曲の作曲家。宗教曲を多く作っているが、必ずしも礼拝用ではなく、私的な演奏会用の作品。 ...続きを見る

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2016/12/08 08:08
新この一曲(75)ラムゼイ 「How are the Mighty fallen]、
ロバート・ラムゼイ(Robert Ramzey 英1590s-1644)は、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)などとともにイングリッシュ・マドリガルの作曲家であるが、神話や聖書を題材とする曲も作っている。 「How are the Mighty fallen」は、旧約聖書「サムエル記」(下-1)のダビデが作った「サウルとヨナタンの死を悼む哀歌」の中の、特に親友だったヨナタン(サウルの息子)を歌った一節が基になっている哀歌である。 「勇士たちは戦いの... ...続きを見る

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2016/12/07 07:34
新この一曲(74)ザムエル・シャイト  「教会コンチェルト 第5番」
ザムエル・シャイト(独1587-1654)は、初期ドイツ・バロック音楽において、シュッツ(独1585-1672)、シャイン(独1586-1630)と並ぶ"3大S”の一人。 彼らは、バッハにいたるドイツ・コラール音楽の道を形成した人たちである。 シャイトの「教会コンチェルト」は、いわゆる今日で言う「協奏曲」ではなく、教会用の声楽曲のことをいい、コラールを定旋律とする多声の合唱とオルガン、器楽アンサンブルの通奏低音の対比、調和が特徴である。シャインの「オペラ・ノーヴァ」、シャイトの「教会コンチェ... ...続きを見る

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2016/12/06 07:39
新この一曲(73)ヨハン・ヘルマン・シャイン 世俗音楽曲「羊飼いの快楽」
ヨハン・ヘルマン・シャイン(独1586-1630)は、、バッハにいたるドイツ・コラール音楽の道を形成した一人で「オペラ・ノーヴァ」が代表作である。 一方、シャインは、優れた世俗曲を作曲している。イタリアのモンテヴェルディのマドリガーレに匹敵するドイツの作品群である。イタリアのマドリガーレのような大胆さはないが、ハーモニーが心地よい。 「羊飼いの快楽」「学生の宴」「森の歌」などの作品集がある。 「羊飼いの快楽」では「おお美わしきアマリリ」「美しき髪のアウロラ」など恋の歌、「学生の宴」では、... ...続きを見る

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2016/12/05 07:39
新この一曲(72)シュッツ 「音楽による葬送」
ハインリッヒ・シュッツ(独1585-1672)は、17世紀のドイツ音楽を確立した人でドイツ音楽の父と言われている。 大バッハ誕生100年前に生まれている。 受難曲やモテットを多く作曲している。「音楽による葬送」は、シュッツの領主であった伯爵に依頼されて作曲した埋葬儀式のための教会音楽で、ドイツレクイエムの最初の作品である。 この曲は、「裸で私は母の胎からでた。裸でまた、そこへ帰ってゆこう」という歌詞で始まり一貫して「主よ私はあなたを離しません。私を祝福して下さるまで」と死に打ち勝つ恵みを求... ...続きを見る

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2016/12/04 08:15
新この一曲(71)フレスコバルディ 「フィオーリ・ムジカーリ(音楽の花束)」
フレスコバルディ 「フィオーリ・ムジカーリ(音楽の花束)」 ジローラモ・フレスコバルディ(伊1583-1643)は、声楽界におけるモンテヴェルディと並んで、初期バロックの鍵盤楽器の最大の作曲家である。ローマのサン・ピエトロ寺院のオルガニストであり、聖歌に代わる典礼用のオルガン曲などを作曲し、弟子のフローベルガー(独1616-1667)を通して、ブクステフーデやバッハなどドイツのオルガン音楽に至る道を敷いたといわれる。後のバッハなどにも影響を与えている。 その「オルガン・ミサ」の代表作... ...続きを見る

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2016/12/03 08:13
新この一曲(70)ジョン・ウイルビー  イングリッシュ・マドリガル「甘き蜜吸うハチたちよ」など
ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)は、 ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家。 イングリッシュ・マドリガルは、トーマス・モーリ(Thomas英1557-16029) をはじめジョン・ウイルビー、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)などエリザベス朝時代の宮廷作曲家達によって、イタリアの形式を真似て作られたが、イタリア程複雑で無く、英語にあったイギリス独自のものに発達させていて、多声だが和声を主体にした曲が多... ...続きを見る

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2016/12/01 07:52
新この一曲(69) M.プレトリウス 教会音楽「シオンのミューズたち」
ミヒャエル プレトリウス(独1571-1621)は、ドイツプロテスタントのコラールや賛美歌を編曲をした人として重要な作曲家である。 主要な作品は、教会音楽「シオンのミューズたち」と理論書「音楽大全」などである。ドイツでは、10年年上のハスラー、10年年下のシュッツ、シャイトなどと、また、イタリアのガブリエルなどとも交流があり、ドイツプロテスタントのコラールの展開とともに、教会コンチェルトの様式をドイツにもたらしている。 「シオンのミューズたち」では「マニフィカト」、「コラール」、モテット「来... ...続きを見る

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2016/11/30 07:34
新「この一曲」(68) モンテヴェルディ 宗教的マドリガーレ「悲しみの聖母マリア」
モンテヴェルディ(伊1567-1643)に、宗教的マドリガーレに「悲しみの聖母マリア」「マリアよなぜ泣くのか」といった美しい曲がある。 モンテヴェルディは、マドリガーレをポリフォニーから通奏低音つきの独唱歌曲に変化させ、この分野でのバロック音楽を確立したといわれている。 これらの曲も、歌詞重視のホモフォニックな流れに、不協和音、長調から短調への移行など変化にとみ、大変美しい。歌詞も、「十字架のイエスを嘆くマリア、そしてイエスの復活を告げるもの」で、人々の心は、敵を愛するという極限の愛に生... ...続きを見る

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2016/11/29 08:04
新この一曲(67) モンテヴェルディ マドリガーレ集:「アリアンナの嘆き」ほか
モンテヴェルディ マドリガーレ集:「アリアンナの嘆き」ほか ...続きを見る

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2016/11/28 07:39
新この一曲(66)モンテヴェルディ 「《聖母マリアの夕べの祈り》のためのマニフィカト
モンテヴェルディ(伊1567-1643)は、バロック期初期の巨人である。 聖務日課用の大作「聖母マリアの夕べの祈り」が有名であるが、この中でも、その終曲であるマニフィカトが美しい。マニフィカトは2種類作曲されていて、ひとつは7声の合唱と器楽によるもの,もうひとつは6声の合唱と通奏低音だけのものである。この後半の通奏低音だけのものが、とりわけ美しい。 マニフィカトというのは、「賛美する」という意味であるが、受胎告知を受けたマリアが神を賛美する歌である。 「主は、この賤しい主の卑女(はしため)... ...続きを見る

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2016/11/27 08:11
新この一曲(65) ドゥアルテ・ロボ    「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽などが紹介さ... ...続きを見る

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2016/11/26 08:02
新この一曲(64) ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ」「サー・ヘンリ・アンプトンの葬送」など
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。ダウランドの曲は、そんな人間の常態を、「爽や... ...続きを見る

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2016/11/25 07:35
新この一曲(63) スヴェーリンク  スヴェーリンク  オルガン曲「エコーファンタジア」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲は、コラール変奏曲などを取り上げたが、トッカータやファンタジアも彼の重要なジャンルである。 エコー・ファンタジアは、鍵盤の対比によるオルガン特有のエコーが響き、複音が反芻するように曲が流れ、印象的な楽曲である。 ...続きを見る

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2016/11/24 08:07
新この一曲(62) スヴェーリンク  オルガン曲「わが青春はすでに過ぎ去り」
「わが青春はすでに過ぎ去り」は、スヴェーリンク(蘭1562-1621の)多くの変奏曲の中でもっとも有名な作品。 ドイツの弟子を通じてもたらされた世俗曲の旋律をもとにした六つの変奏曲。 「わたしの若い命は終わってゆく.......私の悲しみも、こうして流れ去るのだ。」といった哀調を帯びた旋律。 その歌詞の通り、「流れ去る時間」を思いつつ静かに耳を傾けることが出来る素晴らしい一曲だ。 ...続きを見る

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2016/11/23 08:01
新この一曲(61) スヴェーリンク  オルガン曲「大公の舞踏会」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)の、このオルガン曲「大公の舞踏会」は、イタリアの舞曲旋律に基づく四つの変奏曲で実に楽しい。 主題は、エミリオ・デ・ガヴァリエリのアリアの基づくものといわれている。 クラヴィオルガンによるCDもあり、屈託のない旋律と明るい変奏は、メルヘン的な魅力を味わうことが出来る。 ...続きを見る

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2016/11/22 08:01
新「この一曲」(60) スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなど... ...続きを見る

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2016/11/21 07:26
新「この一曲」(59) ジェズアルド 「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという卑劣な罪を犯したダビデの悔い改めが素材になっている詩篇51篇によるが、苦渋の生涯を送ったジェズアルドにも特別な思いが込められているのかもしれない。ジェズアルドの「ミゼレーレ」には大変魅力的な深い響きがある。 ...続きを見る

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2016/11/20 08:07
新「この一曲」(58)トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家として、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフが君の恋人を」... ...続きを見る

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2016/11/19 08:15
新「この一曲」(57) マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。 マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多い。 ... ...続きを見る

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2016/11/18 07:29
新「この一曲」(56) G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪う... ...続きを見る

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2016/11/17 07:59
新「この一曲」(55) ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ 
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。 「サクラ・シンフォニア集2... ...続きを見る

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2016/11/16 07:22
新「この一曲」(54) レヒナー 「もし主の御手から恵みを得るならば」 
レヒナー  モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」  レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 レヒナーの... ...続きを見る

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2016/11/15 08:04
新「この一曲」(53) ヴィクトリア「アヴェ・マリア」「恵み深き救い主の御母」
グレゴリオ聖歌の  交唱「アヴェ・マリア」をベースにヴィクトリア(西1548-1611)は4声と二重合唱のための「アヴェ・マリア」を2曲作っている。 前者は、グレゴリオの原曲がそのまま生かされた、デ・プレに劣らぬ美しいポリフォーである。 後者は、マリアへの祈りを切々と歌う。 また、聖母マリア賛歌のモテトゥス「恵み深き救い主の御母」も聞き逃せない。 ...続きを見る

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2016/11/14 07:30
新「この一曲」(52) ヴィクトリア   レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」
ヴィクトリア      レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」 ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。 レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記... ...続きを見る

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2016/11/13 08:22
新「この一曲」(51) ヴィクトリア     「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。 教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしまうほ... ...続きを見る

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2016/11/12 08:16
新「この一曲」(50) W.バード     「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2016/11/11 07:49
新「この一曲」(49) W.バード    モテット「より良き生活のうちにEmendemus in
 モテット「より良き生活のうちにEmendemus in melius」ほか  バードのモテットについては、バードのアンセムやモテットについては、「Sing joyfully unto God 」「turn our captivity」「アヴェ ヴェルム コルプス」をとりあげたが、「Sing joyfully unto God 」と同類の明るさをもった「聖にしてほむべきものLaudibus in sanctis]がある。 また、懺悔と祈りのモテットとしては、「より良き生活のうちにEm... ...続きを見る

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2016/11/10 07:59
新「この一曲」(48) W.バード   「アヴェ ヴェルム コルプス」
「アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)」といえば、モーツアルトの曲が合唱などで必ず歌われ有名であるが、バード(英1543-1623)の曲もすばらしい。 アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)というのは、カトリック特有の聖餐のパンとぶどう酒がキリストの体に変わるという秘蹟を祝う歌である。 おおもとのグレゴリオ聖歌は、最後に「ああ、愛するイエス、あわれみ深いイエス、マリアの御子イエス」と歌う時、子供のようなかわいらしさがある。 十字架にかけられ... ...続きを見る

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2016/11/09 07:25
新「この一曲」(47) W.バード  アンセム Sing joyfully unto God 他
W.バード   アンセム「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God 」 「捕われ人を連れ帰ってくださいturn our captivity」 「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。特に、「Blow the ... ...続きを見る

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2016/11/08 09:54
新「この一曲」(46) W.バード  「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Brita
W.バード    「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Britain isle)(キリストは蘇りChrist rising again)」 W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌... ...続きを見る

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2016/11/07 06:37
新「この一曲」(45) コヴェントリ・キャロル  「ラリ ルラ、小さき子よ」「ララバイ(子守
コヴェントリ・キャロル  「ラリ ルラ、小さき子よ」 W.バード  「ララバイ(子守唄)」 コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いてい... ...続きを見る

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2016/11/06 08:07
新「この一曲」(44) ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にして日... ...続きを見る

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2016/11/05 08:01
新「この一曲」(43) ラッスス 「レクイエム(5声)」
ラッスス(フランドル1532-1594)のレクイエムも素晴らしい。 ラッススのポリフォニーには、ナチュラルな美しさがある。 湧き出る泉の音をいつまでも聞いているような魅力がある。「レクイエム(5声)」は、グレゴリオ聖歌の「レクイエム」とポリフォニーによる声楽部が交差して歌われ、声楽部は常にグレゴリオ聖歌の定旋律を用いてポリフォニックに展開されていく。ラッソには4声の「レクイエム」もある。 ...続きを見る

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2016/11/04 07:23
新「この一曲」(42) ラッスス モテトゥス「シオンよ、救い主をたたえよ」
「シオンよ汝の救い主を讃えよ」Lauda Sionは、グレゴリオ聖歌のセクエンツィア(続唱)の一つ。 この曲をベースにラッスス(フランドル1532-1594)が作曲した6声部のモテトゥス。 もとの聖歌にとらわれず、自由に作曲している。 この曲の言葉は、聖トマス・アクイナスによるものであるが、聖歌は聖体の祝日に歌われる。 ラッススのこの曲は20分以上、4部の言葉を歌いついで行くのだが、全く飽きることがない。 ポリフォリーの快い響きの中で音の流れに心を委ねることが出来る。 ...続きを見る

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2016/11/03 08:13
新「この一曲」(41) ラッスス  モテトゥス「音楽は神の贈り物」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 「音楽は神の贈り物」は6声部のモテトゥスであるが、ポリフォニーに深みがあり、調和のとれた美しい曲で、題名にふさわしい。 歌詞は「音楽は最高の神の贈り物であり、人を感動させ、神をも感動させる、音楽は激しい心を和らげ、悲しい気持ちを励ます。音楽は樹木さえ、また、恐ろしい野獣をさえ感動させる」というもの。日々古楽を聞く我々にとっても、音楽はまさに神の贈り物である。 ...続きを見る

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2016/11/02 07:35
新「この一曲」(40) パレストリーナ  モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとりで」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 この... ...続きを見る

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2016/11/01 08:02
新「この一曲」(39) パレストリーナ  「スタバトマーテル」
「スタ-バト・マーテル」はペルコレージが有名だが、パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲も美しい。 カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるようにという要請もあり、パレストリーナの曲は、調和して響き過ぎて眠くなってしまうようなところがある。 しかし、この「スタ-バト・マーテル」は調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそらく聖母の極限の悲しみというべきの詩との緊張感が持続しているからであろう。 ...続きを見る

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2016/10/31 07:17
新この一曲(38) パレストリーナ  「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナの代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。端正で明るく、透き通るような美しさがある。 ...続きを見る

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2016/10/30 08:03
新「この一曲」(37) シェッパード 詩篇モテトゥス「僕らよ、主をたたえよ」
ジョン・シェッパード(英1515-1558)は、タリスやタイと同時代に活躍したが若くして世を去っている。 ...続きを見る

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2016/10/29 08:06
新「この一曲」(36) ローレ  マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのミサ曲やモテトゥスのほか、世俗曲も作曲している。マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」のカラムスは芦笛のこと。 低音のみで歌われ、こころの奥深い悲しみを半音階の動きにより劇的に表現する印象に残る一曲 ...続きを見る

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2016/10/28 07:25
新「この一曲」(35) アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」「 ティエント」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレンシ... ...続きを見る

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2016/10/27 08:05
新「この一曲」(34) クレメンス・ノン・パパ  モテトゥス「父よ、我は天に対し」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 本名は、ヤコブ・クレマンというが、教皇クレメンス7世と区別するために付け加えた通称という説がある。 パロディ・ミサ曲など先駆的な作曲をしているが、モテトゥスやシャンソンなど多く作曲している。 モテトゥス「父よ、我は天に対し」は、珍しく聖書の放蕩息子の物語から題材をとった作品。放蕩息子が、父に対し「息子の資格はない。労働者の一人として働かせてほし... ...続きを見る

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2016/10/26 07:24
新「この一曲」(33) アルカデルト  マドリガーレ「白く優しい白鳥」
ヤコブ・アルカデルト(フランドル1505-1568)は、アヴェ・マリアで有名だが、ヴェルドロとともにイタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をした作曲家である。 イタリア気質をうまくとらえてフランドル楽派の作曲様式とうまく融和させた。 「白く優しい白鳥」はその代表作品。「おお、幸福な私の目」などとともに、ヴィオールの器楽を交えた多声の、旋律の豊かさに加え、洗練と素朴を兼ね備えた展開に魅了される。 アルカデルトは、あの大芸術家ミケランジェロとも交流があり、彼の詩をマドリガーレにし... ...続きを見る

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2016/10/25 07:43
新「この一曲」(32) タイ  モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家。 すでに「西風のミサ」、ミサ曲「シネ ノミネ」を取り上げたが、モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ」も大変充実感を覚える曲である。 歌詞は祝典的な内容の詩篇46の作曲であるが、ミサ曲「シネ ノミネ」と同じように、5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開する。 ...続きを見る

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2016/10/24 07:21
新「この一曲」(31) タリス 「4声のミサ」
タリス(英1505-1585)といえば、「エレミア哀歌」や数々の「モテット」が聞き応えあるが、「4声のミサ」も、4声の比較的シンプルなまとまりの中で快いハーモニーが展開する。ゆったりした流れに美しいささやきが交叉する。特にグローリア、クレドが美しい。 「ミサ曲の心地よい響きは、人間の(和声的)肉体に神が音として受肉する」(ウイルフリッド・メラーズ)ことであり、ポリフォニーはより深い表現を作り出す。 ...続きを見る

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2016/10/23 08:11
新「この一曲」(30) トーマス・タリス   モテット「祭祀たちは食を断ち」、アンセム「If ye
トーマス・タリス(英1505-1585)は、「エレミア哀歌」で有名である。 バード(英1543-1623)とともに、エリザベス1世時代、カトリックから英国国教会のために、ラテン語から英語を用いて音楽を作ることを要請された時代の作曲家である。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲で、英国国教会版モテットのことである。彼のラテン語によるモテットにすばらしいものがある。「祭祀たちは食を断ち」「神に従わない者は」「わが罪を消し去りたまえ」など悔悛モテットは、「エレミア... ...続きを見る

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2016/10/22 07:57
新「この一曲」(29) トーマス・タリス  「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、ホワイト(英1938-1574)やパレストリーナ(伊152... ...続きを見る

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2016/10/21 07:25
新「この一曲」(28) モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」等
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、、モテトゥスにおいて素晴らしい曲が多い。 ...続きを見る

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2016/10/20 07:56
新「この一曲」(27) ジャヌカン  シャンソン「鳥の歌」「狩の歌」「女のおしゃべり」
クレマン・ジャヌカン(仏1485-1558)はフランスの世俗歌謡シャンソンの作曲家であるが、言葉に鳥や動物の擬音や擬態語を取り入れるとともに、市民の日常生活を描写した歌を作り出していて、その独特でダイナミックな音の世界に圧倒される。 「鳥の歌」「狩の歌」など鳥、動物と言葉の混成体が、四声の複雑な音の組み合わせで展開するその技は神がかりでさえある。無条件に面白いし、この時代にこのような優れた労作が数多く作り出されていたことにただただ驚くばかりである。 ...続きを見る

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2016/10/19 07:20
新「この一曲」(26) ニコラ・ゴンベール 「兎狩り」
聖職者だったニコラ・ゴンベール(フランドル1495-1560)は、当然、モテトゥスなど宗教曲が多いが、ジャヌカンの「狩の歌」のような世俗の歌も作っている。 「兎狩り」がそれである。クレマン・ジャヌカン・アンサンブルの「口宮の楽しみ」(ルネサンスの酒の歌)のCDに収められたものだが、日本のデュークエイセスの「筑波山麓合唱団」思い起こさせる。 このCDには、ルネッサンスの頃の民衆の生活歌が集められていて、祭り、食事、狩、セックス、死、神などが生活のなかで一体になって世界が展開する。 ...続きを見る

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2016/10/18 07:35
新「この一曲」(25) ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」「ムーサたちよ嘆け」
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死を与... ...続きを見る

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2016/10/17 07:33
新「この一曲」(24) ジャン・レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。聖と俗が融合す... ...続きを見る

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2016/10/16 08:03
新「この一曲」(23) W. コーニッシュ  モテトゥス「スタバト・マーテル」
W.コーニッシュ(英1465-1523)はルネッサンス初期作曲家。既に(22)で素晴らしい世俗曲を紹介したが、宗教曲であるモテトゥスも聞き応えのある作品を作っている。「サルヴェ・レジーナ」「キリストの母なる処女よ、喜べ」など美しい曲があるが、「スタバト・マーテル」が傑作である。装飾的なパッセージと簡単なパッセージの繰り返す対比と幅広い音域が、多くの連なる山脈を俯瞰するような壮大で美しい流れを作り出している。 ...続きを見る

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2016/10/15 07:55
新「この一曲」(22) W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル)
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 ...続きを見る

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2016/10/14 07:17
新「この一曲」(21) ブリュメル 「エレミア哀歌」、 ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」「
アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 しかし、ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」、および「エレミア哀歌」を聞く限り、素晴らしい作曲家であることが分かる。特にミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」は、12の声部の複合唱技法が巨大な和音となって鳴り響き、おおきな森を感じさせる傑作である。多が一で一が多であるような。 また、エレミア哀歌も、なにげない音の流れ... ...続きを見る

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2016/10/13 07:36
新「この一曲」(20) ラ・リュ-  「レクイエム」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 彼の「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。 この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。 音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。 このほか、モテトゥス「めでたし... ...続きを見る

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2016/10/12 09:23
新「この一曲」(19) オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。 オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出来... ...続きを見る

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2016/10/11 07:18
新「この一曲」(18) イザーク モテトゥス「あなたはまったく美しい」「至高なる羊飼いよ」
   イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。厚みと深みのあるこれらの音楽は、壮大な宇宙空間に共鳴する調和の世界を作るが、曲が長くなると惰性とも言うべき単調さが出てくる。 その点、「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に向か... ...続きを見る

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2016/10/10 08:03
新「この一曲」(17) イザーク 使徒のミサ曲(Missa de Apostolia)
ハインリッヒ・イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 「使徒のミサ」は、6声の重厚な曲である。使徒の祝日に歌われるグレゴリオ聖歌に基づいて、単旋律聖歌とポリフォニーが、セクションごとに交互に歌われるように作曲されている。 1500年頃、ドイツ・オーストリアの習慣だったようであるが、聖歌を確認しながらその展開を楽しむことが出来る上に、厚みと深みのある壮大な宇宙空間に共鳴する世界に心を委ねることが出来る傑作である。 (これまた当時の習... ...続きを見る

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2016/10/09 08:00
新「この一曲」(16) イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」(シャンソン)
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2016/10/08 08:04
新「この一曲」(15) ジョスカン・デ・プレシャンソン「千々の悲しみ」「終わりなき悲しみ」
 ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏したとされる曲。 当時スペインなどで流行、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。(この曲はモラレス、ゴンベール,ナルバエスなどが編曲している。) この曲とは別にジョスカンには、「終わりなき悲しみregretz sans fin」「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある。 ... ...続きを見る

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2016/10/07 07:27
新「この一曲」(14) ジョスカン・デ・プレ 「オケゲムの死を悼む晩歌」
   デ・プレ(フランドル、1440−1521)の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 ...続きを見る

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2016/10/06 07:54
新「この一曲」(13) ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 アヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが、デ・プレのは多声音楽だから、ひとつの旋律ではなく、波のように、複数の旋律が調和して聞こえてくる。 マリアに託す多くの人々の祈りの声がそこにあるといった感じだ。穏やかで平和な時間に満たされる。 ...続きを見る

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2016/10/05 07:14
新「この一曲」(12) オケゲム モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei M
オケゲム  モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mater」 ...続きを見る

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2016/10/04 07:41
新「この一曲」(11) オケゲム 「レクイエム」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放されてし... ...続きを見る

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2016/10/03 07:22
新「この一曲」(10) デュファイ  「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」
デュファイ(フランドル1400-1474)の「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」は、長い間、デュファイの作品かどうか真偽が問題になっていたようである。 ともあれ、この素朴とも言うべきこのミサ曲は、心がほぐれてくる。 マーラーの声楽曲「少年の魔法の角笛」になかに「魚に説教するパドヴァのアントニウス」という歌があり、魚たちも説教を聞きにくるという聖人讃歌である一方、説教に集まった魚たちは終わった途端にそれを忘れてしまうというユーモラスな歌で、自己満足を象徴する似非聖人を揶揄する面もある。 ... ...続きを見る

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2016/10/02 08:23
新「この一曲」(9) デュファイ  イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(
デュファイ  ☆ イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(造り主なる主)」 この曲は、グレゴリオ聖歌「Conditor alme siderum(造り主なる主)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したシンプルなもの。待降節に歌われるもので、これを基にした賛美歌(賛美歌21-228番)もある。神を賛美する簡単な歌詞にすぎないが、繰り返し歌い継がれてきた素朴さがある。このPlain chantを、デュファイが、居合わせた数人で合... ...続きを見る

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2016/10/01 08:12
新「この一曲」(8) ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である。 ほかに、「「よい日,よい月、よい年」「新年の日」「もしも私の顔の青いなら」など。 ...続きを見る

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2016/09/30 07:40
新「この一曲」(7)ダンスタブル  モテトゥス「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
グレゴリオ聖歌「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」の歌詞に新しく言葉を加え、ダンスタブルがモテトゥスとして作曲したもの。 グレゴリオ聖歌の旋律にこだわらず自由に作った3声の曲。優しく淡々と歌われてゆく。美しい曲だ。 デ・プレにも同題のモテトゥスがあるが、代表的なマリア賛歌だけに、珠玉の作品が多い。 ...続きを見る

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2016/09/29 07:23
新「この一曲」(6)ダンスタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spir
ダンスタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spiritus/創り主なる聖霊よ、来たりたまえVeni creator Spritus」 ...続きを見る

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2016/09/28 07:20
新「この一曲」(5)ギヨーム・ド・マショー  「ダヴィデのホケトゥス 」
ギヨーム・ド・マショー(仏1300-1377)は、ポリフォニーの本格的なミサ曲を最初に作曲した人である。 一人の作曲家がミサの通常文をすべて作曲する「通作ミサ」の最古のものがマショーの「ノートルダム・ミサ」である。古楽の黎明期であるゴシック期は、ノートルダム学派(1160-1250)、アルス・アンティクワ81250-1320)、アルス・ノヴァ1320-1380)の3期間に分けられるが、マショーは、アルス・ノヴァの時代の中心的な作曲である。 マショーは、モテトゥスや世俗曲も作っていて、「あ... ...続きを見る

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2016/09/27 07:52
★ドゥアルテ・ロボ    「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽などが紹介さ... ...続きを見る

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2016/06/05 06:24
★ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ」「サー・ヘンリ・アンプトンの葬送」など
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。ダウランドの曲は、そんな人間の常態を、「爽や... ...続きを見る

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2016/06/04 08:14
★スヴェーリンク  オルガン曲「わが青春はすでに過ぎ去り」
「わが青春はすでに過ぎ去り」は、スヴェーリンク(蘭1562-1621の)多くの変奏曲の中でもっとも有名な作品。 ドイツの弟子を通じてもたらされた世俗曲の旋律をもとにした六つの変奏曲。 「わたしの若い命は終わってゆく.......私の悲しみも、こうして流れ去るのだ。」といった哀調を帯びた旋律。 その歌詞の通り、「流れ去る時間」を思いつつ静かに耳を傾けることが出来る素晴らしい一曲だ。 ...続きを見る

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2016/06/03 07:27
★スヴェーリンク  オルガン曲「エコーファンタジア」「トッカータ ハ長」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲は、コラール変奏曲などを取り上げたが、トッカータやファンタジアも彼の重要なジャンルである。 トッカータ ハ長など鍵盤を駆け巡る目の覚めるような見事な多彩な楽想が現れる。 一方、エコー・ファンタジアは、鍵盤の対比によるオルガン特有のエコーが響き、複音が反芻するように曲が流れ、印象的な楽曲である。 ...続きを見る

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2016/06/02 07:52
★スヴェーリンク  オルガン曲「大公の舞踏会」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、コラールによるオルガン曲を紹介したが、このオルガン曲「大公の舞踏会」は、イタリアの舞曲旋律に基づく四つの変奏曲で実に楽しい。 主題は、エミリオ・デ・ガヴァリエリのアリアの基づくものといわれている。 クラヴィオルガンによるCDもあり、屈託のない旋律と明るい変奏は、メルヘン的な魅力を味わうことが出来る。 ...続きを見る

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2016/06/01 07:39
★スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなどへと... ...続きを見る

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2016/05/31 07:51
★ジェズアルド  「聖週間のためのレスポンソリウム」「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 「聖週間のレスポンソリウム」は、木、金、土の3曲ある。「聖金曜日のためのレスポンソリウム」では、いきなり厚みのある深い響きの合唱で始まるの第1曲「我が友は皆我を見捨て」に魅せられそのまま最後まで引き込まれてゆく。 また「聖土曜日のためのレスポンソリウム」では、「見よ、いかに正しき者しすとも」「主が葬られたましし後」など圧巻である... ...続きを見る

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2016/05/30 07:30
★トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家として紹介したが、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフが君の恋人を」な... ...続きを見る

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2016/05/29 08:02
★マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。 マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多い。 ... ...続きを見る

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2016/05/28 08:05
★ G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという卑劣な罪... ...続きを見る

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2016/05/27 07:44
★P.ニコライ     コラール「暁の星はいと麗しきかな」
フィリップ・ニコライ(独1556-1608)は、コラール「目覚めよと呼ぶ声がする」とともに、コラール「暁の星はいと麗しきかな」の作曲者でもある。フィリップ・ニコライは、ルター派の牧師であったが、彼のこれらの曲は、ミヒャエル プレトリウス(独1571-1621)等によってルター派のクリスマス コラールとして編曲されていった。 「暁の星はいと麗しきかな」はブクステフーデ(1637−1707)もオルガンのファンタジーとして編曲しているし、バッハは、同名のカンタータ(1番)を作曲している。 ... ...続きを見る

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2016/05/26 07:20
★ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。先に「サクラ・シンフォニア集2... ...続きを見る

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2016/05/25 09:20
★ジョバンニ・ガブリエル  ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)の ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」は、バロック時代の新しいコンチェルト様式で、ルネッサンスの多声音楽聖歌と異なり、旋律と通奏低音という2本柱で構成され、さらに器楽も使用されている。 また、ヴェネティア・サン・マルコ大聖堂の正十文字の空間効果を生かした複合唱(コーリ・スペツァッティ)完成させた曲とも言われている。「シンフォニエ・サクレ第2集」は、通常文を作曲したミサ曲ではなく、マニフィカトや詩篇唱を集めたもので、モンテヴェルディ「聖母マリアの夕... ...続きを見る

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2016/05/24 07:41
★エミリオ・デ・カヴァリエーリ   「エレミア哀歌とレスポンソリウム」
エミリオ・デ・カヴァリエーリ(伊1550〜16029)はルネッサンス後期、バロック初期の作曲家、オルガニスト、音楽監督。 ...続きを見る

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2016/05/23 07:33
★レヒナー モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」 
  レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。 ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。 ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。 以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 ハスラーのモテト「主よいつまで私を」は詩篇13に基づいているが、ほかにも「おお何とすばらしい贖罪」「... ...続きを見る

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2016/05/22 08:04
★ハンドル モテトゥス「アヴェ・マリア」「トランペットを吹き鳴らせ」
ヤコブ・ハンドル(ユーゴ1550-1591)はウイーン、プラハなどで活躍。 ボヘミアの対抗宗教改革の作曲家。 かれのモテトゥス「アヴェ・マリア」は、格別に美しい。 繰り返し聞きたくなる心休まる曲。 「トランペットを吹き鳴らせ」も、トランペットの響きを感じさせる旋律で明るい曲。 待降節の歌。 ...続きを見る

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2016/05/21 07:52
★グレゴリオ聖歌  交唱「アヴェ・マリア」 ヴィクトリア「アヴェ・マリア」「恵み深き救い主の御母」
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2016/05/20 08:02
★ヴィクトリア 「聖週間のレスポンソリウム集」
聖週間は、イエスの受難と苦痛に思いをはせ、悔恨のうちに祈りを捧げる期間である。 ヴィクトリア(西1548-1611)の「レスポンソリウム集」は、聖週間のうち、聖木、金、土曜日の3日間の「テネブレ(暗闇)のレスポンソリウム」といわれる18曲が作曲されている。 聖書、エレミア書、詩篇、ヨブ記、イザヤ書からイエスの受難のさまざまな情景が歌われる。 グレゴリオ聖歌は、悔恨でのたうつように歌われるが、ビクトリアは、悲しみの歌詞を美しい旋律とハーモニーで包み一層胸に迫ってくるものがある。 ...続きを見る

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2016/05/19 07:19
★ヴィクトリア      レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。 「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。 レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろうか... ...続きを見る

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2016/05/18 07:33
★ヴィクトリア     「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしまうほどだ... ...続きを見る

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2016/05/17 07:46
★バード     「アヴェ ヴェルム コルプス」
「アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)」といえば、モーツアルトの曲が合唱などで必ず歌われ有名であるが、バード(英1543-1623)の曲もすばらしい。 アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)というのは、カトリック特有の聖餐のパンとぶどう酒がキリストの体に変わるという秘蹟を祝う歌である。 おおもとのグレゴリオ聖歌は、最後に「ああ、愛するイエス、あわれみ深いイエス、マリアの御子イエス」と歌う時、子供のようなかわいらしさがある。 十字架にかけられたイ... ...続きを見る

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2016/05/16 07:14
★W.バード     「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2016/05/15 08:15
★W.バード   「グレイト・サービス(大礼拝曲)」
W.バード(英1543-1623)に、イギリスの国教会のために書かれた英語の典礼曲「グレイト・サービス(大礼拝曲)」がある。 早祷の<ヴェニテVenite>,<テデウムTe Deum>,<ベネディクツスBenedictice>,晩祷の<マニフィカトMagnificat>,<ヌンク・ディミティスNunc Dimittis,そして<クレドCredo>からなる。 未だ国教会の礼拝式が定まっていない頃の作品であるが、5声部にわかれている。 出だしのVenite,から美しいハーモニーを... ...続きを見る

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2016/05/14 07:40
★W.バード  モテット「より良き生活のうちにEmendemus in melius」ほか
バードのアンセムやモテットについては、「Sing joyfully unto God 」「turn our captivity」「アヴェ ヴェルム コルプス」をとりあげたが、ほかに注目すべきモテットとしては「Sing joyfully unto God 」と同類の明るさをもった「聖にしてほむべきものLaudibus in sanctis]がある。 また、懺悔と祈りのモテットとしては、「より良き生活のうちにEmendemus in melius」「嘆き嘆くだろうplorans plorabit」... ...続きを見る

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2016/05/13 07:23
★W.バード  アンセム「捕われ人を連れ帰ってくださいturn our captivity」
W.バード(英1543-1623)のアンセム(イングランド国教会の礼拝の短い合唱曲)については、「Sing joyfully unto God」を取り上げたが、「捕われ人を連れ帰ってくださいTurn our captivity 」(詩篇第126 編)も印象に残る作品である。 悲惨なバビロンの幽閉から帰還する喜びが「they shall come with jollity」という効果的な繰り返しの中で、表現されている。 「涙とともに種撒く人は、喜びの歌とともに刈り入れる」といったこの詩篇の歌詞... ...続きを見る

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2016/05/12 08:01
★バード   アンセム「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto Go
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。 特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。 この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答える」という... ...続きを見る

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2016/05/11 07:23
★W.バード    「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Britain isle)
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。 「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。 また、「キリストは蘇りChrist rising ag... ...続きを見る

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2016/05/10 08:02
★コヴェントリ・キャロル     「ラリ ルラ、小さき子よ」「ララバイ(子守唄)」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いていて、イエスの降誕に伴う幼児への鎮魂歌である。 子守唄のやさしさのなかに、母親の悲しみが広がってくる。 ... ...続きを見る

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2016/05/09 07:39
★プリマヴェラ  マドリガ-レ & パレストリーナ ミサ「Nasce la gioia mia
プリマヴェラ(Giovan Leonardo Primavera伊1540-1585)は、イタリアのマドリガーレの作曲家で、ジェズアルドとも親交があった人であるが、その作品は、「Nasce la gioia mia(私の喜びが生まれる」以外よく知られていない。 パレストリーナ(伊1525-1594)がプリマヴェラのこのマドリガーレを基にパロディ・ミサを作ったことで知られている。 このマドリガーレは、「美しい太陽をみつめるといつも喜びが生まれる」といったもので、プリマヴェラ(春という意味)の... ...続きを見る

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2016/05/08 06:03
★ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にして日なる... ...続きを見る

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2016/05/07 08:11
★ラッスス 「レクイエム(5声)」
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2016/05/06 07:26
★ラッスス モテトゥス「シオンよ、救い主をたたえよ」
「シオンよ汝の救い主を讃えよ」Lauda Sionは、グレゴリオ聖歌のセクエンツィア(続唱)の一つ。 この曲をベースにラッスス(フランドル1532-1594)が作曲した6声部のモテトゥス。 もとの聖歌にとらわれず、自由に作曲している。 この曲の言葉は、聖トマス・アクイナスによるものであるが、聖歌は聖体の祝日に歌われる。 ラッススのこの曲は20分以上、4部の言葉を歌いついで行くのだが、全く飽きることがない。 ポリフォリーの快い響きの中で音の流れに心を委ねることが出来る。 ...続きを見る

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2016/05/05 08:20
★ラッスス  モテトゥス「音楽は神の贈り物」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 「音楽は神の贈り物」は6声部のモテトゥスであるが、ポリフォニーに深みがあり、調和のとれた美しい曲で、題名にふさわしい。 歌詞は「音楽は最高の神の贈り物であり、人を感動させ、神をも感動させる、音楽は激しい心を和らげ、悲しい気持ちを励ます。 音楽は樹木さえ、また、恐ろしい野獣をさえ感動させる」というもの。 日々古楽を聞く我々にとっても、音楽はまさに神の贈り物である。 ... ...続きを見る

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2016/05/04 08:51
★ラッスス  ミサ「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」
オルランドゥス・ラッスス(フランドル1532-1594)は、すでに宗教曲を紹介しているが、ここで取り上げるミサ曲「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」は、ラッスス自身が作曲した旧約聖書「雅歌」の第1章「ソロモンの雅歌」に基づくモテトゥスのパロディ・ミサである。 原曲そのものは地味であるが、音の流れ、変化が微妙で多彩で美しい響き聞き取ることが出来る。 パロディ・ミサとしては、このほか「途方にくれてPusque j'ai perdu」がある。 当時流行したシャンソンをもとにしたもので豊... ...続きを見る

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2016/05/03 08:31
★ラッスス 宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」
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2016/05/02 07:29
★ラッスス    「主よ、御身の怒りにて(懺悔詩篇曲)」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 この詩篇曲は、詩篇6を作曲したもの。 詩篇6は詩篇5と対になっていて、5は「他者弾劾の詩」、6は「自己弾劾の詩」といわれる。 確かに「他者弾劾」だけでなく「自己弾劾」もしているが、まだニーチェの言うルサンチマン(弱者が強者に抱く怨念)を感ずる詩篇でもある。自他に対する神の怒りを恐れる気持ちを静かに乗せて曲は流れてゆく。 ...続きを見る

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2016/05/01 08:20
★パレストリーナ  「スタバトマーテル」
先にペルコレージの「スタ-バト・マーテル」を紹介したが、パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲も美しい。カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるようにという要請もあり、パレストリーナの曲は、調和して響き過ぎて眠くなってしまうようなところがある。 しかし、この「スタ-バト・マーテル」は調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそらく聖母の極限の悲しみというべきの詩との緊張感が持続しているからであろう。 ...続きを見る

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2016/04/30 08:22
★パレストリーナ    モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとりで」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。 敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 このほ... ...続きを見る

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2016/04/29 08:26
★パレストリーナ 「祝福されし聖母のミサMissa de Beata virgine(4声)」
パレストリーナ(伊1525-1594)のこのミサ曲は、下記のように、単旋律聖歌の聖歌をはさんだ構成になっている。 カウンタテナーの美しいソロのあと、4声のポリフォニーが豊かな調和した響きを聞かせる。 広く高く天に響く空間を作り出す。大変聞き応えがある。特に最後のアニュス・デイの美しさは格別。 ...続きを見る

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2016/04/28 08:04
★パレストリーナ ミサ「ロム アルメ」
という曲をいろいろな作曲者が書いている。 ロム・アルメ L'homme armeは、「戦士」という意味だが、この題名で歌われてきたフランス語の世俗曲があり、その歌の旋律を素材に書かれている。 デュファイ(フランドル1400-1474)が、この歌を定旋律として全楽章を作曲する「循環ミサ」を始めて作って以来、デュファイに触発された形で、オケゲム、ビュノワ、デ・プレ、パレストリーナなど多くの人が作っている。 パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲は、4声であるが、ポリフォニーの美しさ、楽... ...続きを見る

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2016/04/27 07:44
★パレストリーナ 「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」(聖母被昇天のミサ)
パレストリーナ(伊1525-1594)のミサは、既に代表作「教皇マルチェルスのミサ」を紹介したが、「ミサ・アスンプタ・エスト・マリアMissa Assumpta est Maria」は晩年に書かれた最も優れた作品といわれる。 同題のグレゴリオ聖歌をもとにパレストリーナ自身が作曲した多声のモテトゥス「アスンプタ・エスト・マリア」を、そのままミサに転用したパロディ・ミサである。 グレゴリオ→モテトゥス→ミサと続けて聞いてゆくと大変色彩豊かな世界が広がってゆく。ミサは特に、キリエとアニュス・デイが... ...続きを見る

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2016/04/26 07:57
★パレストリーナ  「ミサ・ブレビス」
パレストリーナ(伊1525-1594)のミサで、「教皇マルチェルスのミサ」「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」のほかに、「ミサ・ブレビス」も魅力的である。 よく合唱団でも歌われるようだ。 「ミサ・ブレビス」は、[Short mass」という意味であるが、通常ミサの定例文は特に省かれてはいないが、ルターのプロテスタントに対抗するために、ポリフォニーの複雑化を避け、単純、明快でコンパクトな仕上がりになっている。 また、パロディ・ミサのように元になる旋律も明確には特定されないよう... ...続きを見る

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2016/04/25 07:19
★パレストリーナ    「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナの代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。 端正で明るく、透き通るような美しさがある。 ...続きを見る

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2016/04/24 08:10
★シェッパード 詩篇モテトゥス「僕らよ、主をたたえよ」
ジョン・シェッパード(英1515-1558)は、タリスやタイと同時代に活躍したが若くして世を去っている。 タヴァナー「西風のミサ」のところで紹介したように、タヴァナー、タイとともに同題名のミサ曲を作っているが、他にも教会音楽家として多くのモテトゥスを作っている 。ここで紹介するのは詩篇112「僕らよ、主をたたえよ」に基づくモテトゥス。詩篇は、その内容とも関連するため、詩が効果的に歌われる要素が必要になる。 この曲は、詩篇の偶数節のみ多声化され、奇数節の単旋律と交互に歌われる。単旋律から多声... ...続きを見る

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2016/04/23 07:49
★ローレ  マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのミサ曲やモテトゥスのほか、世俗曲も作曲している。 マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」のカラムスは芦笛のこと。 低音のみで歌われ、こころの奥深い悲しみを半音階の動きにより劇的に表現する印象に残る一曲 ...続きを見る

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2016/04/22 07:34
★ローレ  ミサ曲「万物の連なりを超えて」(ジョスカンのモテトゥスのパロディミサ)
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのモテトゥスを作曲し魅力的な作品が多いが、ジョスカンのモテトゥス「万物の連なりを超えて」によるパロディミサが素晴らしい。 ジョスカンの原曲が傑出していることもあり、長いミサ曲なれど飽きが来ない。 ジョスカンの原曲が2部に分かれていて、それらの旋律がミサ曲の各楽章に配列され、深いまとまりを持った... ...続きを見る

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2016/04/21 07:37
★アントニオ・デ・カベソン  シャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラ」、ティエント第3番
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 )については、前回「ディファレンシアス」を紹介したが、ネーデルランドのトマス・クレキヨンが作曲したシャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラD'ou vient cela(それはどこから来た?)」の変奏曲が、大変美しい。 トマス・クレキヨンは、カール5世に仕えた宮廷音楽家で「あなたを勝利者と呼べるのは誰か」などのモテトゥスがある。 また,カベソンには「ティエント」(スペインのオルガンの楽曲形式)の連作があるが、特に3番が印象的。 ...続きを見る

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2016/04/20 07:22
★アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレンシアス作... ...続きを見る

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2016/04/19 08:02
★クレメンス・ノン・パパ モテトゥス「我はシャロンの花なり」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 前回、モテトゥス「父よ、我は天に対し」をとりあげたが、「我はシャロンの花なり」(7声)「羊飼いらは互いに語れり」(5声)なども印象に残る作品である。 特に「我はシャロンの花なり」は7声で、高低の幅・深みもあり、雅歌の詩と重なって美しく響く。 ...続きを見る

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2016/04/18 07:28
★クレメンス・ノン・パパ  モテトゥス「父よ、我は天に対し」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 本名は、ヤコブ・クレマンというが、教皇クレメンス7世と区別するために付け加えた通称という説がある。 パロディ・ミサ曲など先駆的な作曲をしているが、モテトゥスやシャンソンなど多く作曲している。 モテトゥス「父よ、我は天に対し」は、珍しく聖書の放蕩息子の物語から題材をとった作品。 放蕩息子が、父に対し「息子の資格はない。労働者の一人として働かせて... ...続きを見る

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2016/04/17 08:03
★アルカデルト  マドリガーレ「白く優しい白鳥」
ヤコブ・アルカデルト(フランドル1505-1568)は、アヴェ・マリアで有名だが、ヴェルドロとともにイタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をした作曲家である。 イタリア気質をうまくとらえてフランドル楽派の作曲様式とうまく融和させた。 「白く優しい白鳥」はその代表作品。「おお、幸福な私の目」などとともに、ヴィオールの器楽を交えた多声の、旋律の豊かさに加え、洗練と素朴を兼ね備えた展開に魅了される。 アルカデルトは、あの大芸術家ミケランジェロとも交流があり、彼の詩をマドリガーレにし... ...続きを見る

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2016/04/16 08:05
★タイ  モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家。 すでに「西風のミサ」、ミサ曲「シネ ノミネ」を取り上げたが、モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ」も大変充実感を覚える曲である。 歌詞は祝典的な内容の詩篇46の作曲であるが、ミサ曲「シネ ノミネ」と同じように、5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開する。 ...続きを見る

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2016/04/15 07:34
★タイ  ミサ曲「シネ ノミネ」
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家で、既にタヴァナー「西風のミサ」のところで紹介した。 ミサ曲「シネ ノミネ(「名前のない」という意味)」は、5声で、英国独自のソールスベリー典礼にしたがって、<グローリア>、<クレド>、<サンクトゥス>、<アニュス・デイ>の4章でキリエはない。 5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開し、大変充実感を覚える。 特に<サンクトゥス>、<アニュス・デイ>と進むに従い、ハー... ...続きを見る

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2016/04/14 07:57
★タリス 「4声のミサ」
タリス(英1505-1585)といえば、「エレミア哀歌」や数々の「モテット」が聞き応えあるが、「4声のミサ」も、4声の比較的シンプルなまとまりの中で快いハーモニーが展開する。 ゆったりした流れに美しいささやきが交叉する。特にグローリア、クレドが美しい。 ...続きを見る

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2016/04/13 07:18
★トーマス・タリス    「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。 原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、ホワイト(英1938-1574)やパレストリーナ(伊152... ...続きを見る

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2016/04/12 08:04
★トーマス・タリス   モテット「祭祀たちは食を断ち」、アンセム「If ye love me
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2016/04/11 07:27
★モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」等
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、ミサ曲「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」を取り上げたが、モテトゥスにおいても素晴らしい曲が多い。 すべてに劇的な表現力と抑制の調和が実現されている。 なかでも、「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」が一層心に滲み込んでくる。 「より良き生活のうちに」は、歌詞が、「人間は,埃から生まれ死して埃に返るにすぎない存在である。」打ち砕かれた謙虚な心こそが人間にふさわしいと悔い改めを求める。 「羊飼いたちよ、語れ」は「キリストのご誕生を」... ...続きを見る

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2016/04/10 07:28
★モラレス  ミサ「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、16世紀イベリア半島において、ビクトリアに先立つ最初の大作曲家である。 ミサ「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」は、ジョスカン・デ・プレのシャンソン「千々の悲しみmille regrets」のパロディミサである。 「キリエ」から「アニュス・デイ」に至るどの曲においても、哀愁をおびた深みのあるポリフォニーが洗練と抑制の調和を実現している。 パレストリーナの先駆者とも言われている。 ...続きを見る

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2016/04/09 08:14
★ルイス・デ・ナルバエス  「はかりしれぬ悲しさ(ミル ルグレ)」
ルイス・デ・ナルバエス(西1500-1560)はビウエラ(古楽器:リュートのような弦楽器)の奏者でカール5世(カルロス1世)にカベソンなどとともに仕えた宮廷音楽家。 「はかりしれぬ悲しさ(ミル ルグレ)」は、ジョスカンによる原曲であるが、カール5世が特に好んだことから、モラレス、ゴンベールなどが編曲しているが、このナルバエスの曲は、ビウエラの効果もあって大変哀愁が漂う。 ...続きを見る

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2016/04/08 07:29
★ニコラ・ゴンベール 「兎狩り」
聖職者だったニコラ・ゴンベール(フランドル1495-1560)は、当然、モテトゥスなど宗教曲が多いが、ジャヌカンの「狩の歌」のような世俗の歌も作っている。 「兎狩り」がそれである。 クレマン・ジャヌカン・アンサンブルの「口宮の楽しみ」(ルネサンスの酒の歌)のCDに収められたものだが、日本のデュークエイセスの「筑波山麓合唱団」思い起こさせる。 このCDには、ルネッサンスの頃の民衆の生活歌が集められていて、祭り、食事、狩、セックス、死、神などが生活のなかで一体になって世界が展開する。 ... ...続きを見る

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2016/04/07 08:07
★ニコラ・ゴンベール「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」
「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」は既にジョスカン、モラレスで紹介したが、ニコラ・ゴンベール(フランドル1495-1560)も、ジョスカンのこの曲を巧みに編曲している。 器楽演奏によるものだが、ジョスカンの弟子として原曲のシャンソンを新たな曲として蘇らせるとともに、聖職者として罪を犯してしまった人の悲しみが切々と伝わってくる。 スペインのトレド大聖堂の「セビーリアの聖イシドロの祭礼のミサ」でモラレスは、自らのミサ曲「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」とともにゴンベールのこの曲を編入している。 ... ...続きを見る

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2016/04/06 07:24
★ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」「ムーサたちよ嘆け」
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死を与えな... ...続きを見る

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2016/04/05 10:44
★ジョン・タヴァナー   ミサ曲「グローリア・ティビ・トリニタス」
ジョン・タバナー(英1490-1545)は、「西風のミサ」で既に紹介した英国16世紀前半の最も重要な作曲家の一人。 まだ英国がカトリック国だった時代の最後の作曲家である。「グローリア・ティビ・トリニタス(三位一体)」は、聖三位一体の大祝日に歌われるグレゴリオ聖歌であり、それを定旋律としたミサ曲である。 この曲を有名にしているのは、この曲の「ベネディクトゥス」のなかの「イン・ノミネ(In nomine)」の部分が、後続の英国の作曲家によって器楽曲に編曲されていったことによる。パーセルの... ...続きを見る

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2016/04/04 07:55
★ジョン・タヴァナ-  「西風のミサ曲」
ジョン・タヴァナ-(英1490-1545)は、ヘンリー8世とクロムエルが英国国教会を成立させたころの音楽家である。 「西風のミサ曲」は、「西風」という俗謡を定旋律としたパロディミサで、「西風」は、春の訪れを意味する、いわば「春風」。 「キリスト様、俺の腕に恋人がいて、それがベッドの中だといいんだが」というような歌詞で、ミサ曲の土台にするにはなかなか大胆な試み。だからか、曲も明るく、美しい。 「西風のミサ曲」は、タヴァナ-の後、同じ定旋律で、タイ(英1505-1572)、シェパード(... ...続きを見る

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2016/04/03 08:11
★ヴィラールト   モテトゥス「めでたし、天の女王」「主がシオンの囚われを」
アドリアン・ヴィラールト(フランドル1490年頃 - 1562年)は、フランドル出身だが、イタリアに移住してフランドル楽派のポリフォニー様式を同地に定着させたヴェネツィア楽派の開祖。 ジョスカンの死からパレストリーナの時代の到来までの間、ヨーロッパ中で最も影響力のある音楽家といわれている。 「聖マルコ寺院楽長」であったヴィラールトは、ヴェネツィア楽派の特徴である分割合唱様式を開拓し、詩篇などの宗教曲を2つの交代しあう合唱のために作曲し、演奏した。 モテトゥス「めでたし、天の女王」「主がシオ... ...続きを見る

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2016/04/02 08:03
★ジャヌカン  シャンソン「鳥の歌」「狩の歌」「女のおしゃべり」
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2016/04/01 08:22
★ガスパロ・アルベルティ ミサ「イタリア・ミア」の「アニュス・デイ」
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2016/03/31 07:59
★ヴェルドロ   マドリガーレ「わがイタリア」
フィリップ・ヴェルドロ(フランドル1480-1552)は、イタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をなした人である。 いずれもイタリア人ではなくフランドルの出身であるヴィラールト、アルカデルト、デ・ローレなどとともに、イタリアの世俗歌曲を多声化していった。 ヴェルドロの「わがイタリア」は、その初期マドリガーレの5声の作品である。 1527年に起こったローマの劫掠(ごうりゃく)を歌ったものといわれている。 低音のハーモニーが悲しみの深さを伝える。なお、ヴェルドロには、アヴェ・マ... ...続きを見る

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2016/03/30 07:24
★ジャン・レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。聖と... ...続きを見る

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2016/03/29 08:04
★W. コーニッシュ  モテトゥス「スタバト・マーテル」
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2016/03/28 07:31
★W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル)
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 ...続きを見る

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2016/03/27 08:12
★ブリュメル ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」「エレミア哀歌」
アントワーヌ・ブリュメル(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 しかし、ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」、および「エレミア哀歌」を聞く限り、素晴らしい作曲家であることが分かる。 特にミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」は、12の声部の複合唱技法が巨大な和音となって鳴り響き、おおきな森を感じさせる傑作である。多が一で一が多であるような。また、エレミア哀歌も、なにげない音の流れ... ...続きを見る

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2016/03/26 08:26
★ラ・リュウ  「レクイエム」
ラ・リュ-(フランドル1460-1518)については、モテトゥスを取り上げたが、「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。 この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。 彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。 ...続きを見る

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2016/03/25 07:23
★ラ・リュ-  モテトゥス「めでたし女王、哀れみ深きみ母Salve regina」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 「Salve regina」はグレゴリオ聖歌で紹介したが、この旋律とテキストをベースにした多くの作品の中で、ラ・リュ-の作品は美しい小品。 このほか「おお乙女、キリストのみ母よGaude virgo,mater Christi」等もさまざまなポリフォニー、ホモフォニックな要素を楽しめる。 ...続きを見る

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2016/03/24 07:53
★オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」
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2016/03/23 07:24
★イザーク 使徒のミサ曲(Missa de Apostolia)
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2016/03/22 07:49
★イザーク  モテトゥス「あなたはまったく美しい」「至高なる羊飼いよ」
 イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。 厚みと深みのあるこれらの音楽は、壮大な宇宙空間に共鳴する調和の世界を作るが、曲が長くなると惰性とも言うべき単調さが出てくる。 その点、「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に... ...続きを見る

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2016/03/21 08:01
★イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」(シャンソン)
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。 何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2016/03/20 08:07
★スカン  モテット「Memor esto verbi tui(御身の下僕へのみ言葉を思い出
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2016/03/19 08:17
★ジョスカン・デ・プレ  モテトゥス[神をはぐくむ汚れなきの乙女
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のこのモテトゥス「神をはぐくむ汚れなきの乙女Ilibata Dei virgo nutrix」は、聖母マリアを歌った5声の曲であるが、最初は2声ではじまりだんだん声が加わってくる多声の妙を楽しむことが出来る。 また、歌詞の各行の頭文字を並べてみると「JOQUIN DES PREZ]というジョスカンの名前の綴りになっている。 歌詞にマリアに対して「御言葉を生みし人」「御身はエヴァの償い」という言葉がある。 ヨハネ福音書の「はじめにロゴス(... ...続きを見る

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2016/03/18 07:32
★ジョスカン デ プレ  「ミサ」& 聖歌 「めでたし海の星Ave maris stella
グレゴリオ聖歌 「めでたし海の星Ave maris stella」を定旋律としてジョスカン デ プレが作った4声のミサ曲。 「めでたし海の星Ave maris stella」は、ガリア聖歌を母体としてグレゴリオ聖歌に編入されたといわれている。 歌詞に「罪人のかせを解き放ち、盲人に光を与え、われらの悪を退け、恵みを与えたまえ」とあるように、中世前期のガリア地方(フランス)の野蛮で残酷な時代に人々が柔和な世界を求めたことを反映しているという。 曲は、情感がこもった優しさがあり、デ・プレのミサ... ...続きを見る

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2016/03/17 08:03
★ジョスカン・デ・プレ &  グレゴリオ聖歌 「パンジェ・リングア」
グレゴリオ聖歌 の「パンジェ・リングア」(舌よ主をほめたたえよ)は、賛歌のなかでも「来たれ,造り主なる聖霊よ Veni Cretator Spiritus」と並んで有名で旋律が美しい。 この聖歌の旋律を定旋律として、4つの声部が模倣して展開してゆくミサ曲をデ・プレ(フランドル、1440−1521)が作っている。 クレドの密度の濃い展開に充実感を覚えるとともにアニュス・デイの美しさに喜びを感ずる。 こうした聖歌がポリフォニーとして展開してゆく事例に、西洋音楽の足跡を見る事が出来る。... ...続きを見る

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2016/03/16 07:29
★ジョスカン・デ・プレ   シャンソン「千々の悲しみ」「終わりなき悲しみ」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏したとされる曲。 当時スペインなどで流行していた曲らしく、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。 この曲とは別にジョスカンには、「終わりなき悲しみregretz sans fin」「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある。「終わりなき悲しみregretz san... ...続きを見る

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2016/03/15 08:06
★ジョスカン・デ・プレ    「オケゲムの死を悼む晩歌」
デ・プレ(フランドル、1440−1521)の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 ...続きを見る

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2016/03/14 07:31
★ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 アヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが、デ・プレのは多声音楽だから、ひとつの旋律ではなく、波のように、複数の旋律が調和して聞こえてくる。 マリアに託す多くの人々の祈りの声がそこにあるといった感じだ。穏やかで平和な時間に満たされる。 ...続きを見る

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2016/03/13 08:12
★オケゲム  ミサ「武装した人」
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2016/03/12 08:16
★オケゲム  世俗曲「口には笑みを湛え」「死よそなたは矢で傷つけてしまった」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)については、ミサやモテトゥスを取り上げたが、世俗曲も沢山作っていて、名曲が多い。 「口には笑みを湛えMa bouche rit」は、愛を歌ったもので当時愛好された歌のようである。 また「死よ そなたは矢で傷つけてしまったMort,tu as navre」は、オケゲムの先輩であるバンショワの死を悼んで書かれた挽歌であるが、「死が矢で傷つける」、「音楽が黒衣を身にまとう」といったユニークな詩が4声の深い響きとともに印... ...続きを見る

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2016/03/11 07:40
★オケゲム ミサ曲「ミサ・プロラツィオーヌム」
オケゲム(フランドル1410-1497)のミサ曲《ミサ・プロラツィオーヌム(種々の比率のミサ曲)Missa Prolationum》は、比例カノンを用いた驚異的な作曲技法によるものとして知られる。 ヨーロッパの音楽は、ピュタゴラス以来、調和する音の比率が、宇宙の調和の原理でもあるとされ、音楽、数学、天文学等が密接に結びついていた。 この音楽は、森の中に鳴りひびく音楽のようであり、オケゲムは、天球の音楽をイメージしていたのかもしれない。 ...続きを見る

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2016/03/10 08:00
★オケゲム「ミサ・プレスク・トランジ」(通称<ミサ・ミ・ミ>)
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2016/03/09 07:31
★オケゲム  モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mater」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)の聖母に関するモテットのひとつであるが、曲が大変美しい。 5声で歌われる。 楽園を追われた人間の、「過渡的な存在」から天国という「永遠への国」への復帰という切なる願いは、やがて死に至る人間の深い祈り。 カトリックの特有の文化であるが、罪深きエヴァの子である人間は、イエスへのとりなしをけがれない聖母マリアに哀願する。 ...続きを見る

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2016/03/08 07:41
★オケゲム 「レクイエム」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放され... ...続きを見る

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2016/03/07 07:19
★バンショワ「いつまでもやはり」(シャンソン)とオケゲム「ド・ブリュ・ザン・ブリュ」
デュファイやバンショワ(フランドル1400-1476)、オケゲム(フランドル1410-1497)といった15世紀のフランドル地方の作曲家は、中世の宗教色の強い音楽を、世俗曲やそのパロディミサによって音楽におけるルネッサンスを確立していった。 その好例がこのバンショワの「いつまでもやはり」(シャンソン)をもとにオケゲムがミサにしたものである。 「いつまでもやはり」は、「美しい奥方が忘れら得ない」という愛の歌であり、それを素材にしたオケゲムのミサは、底抜けに明るい。 ...続きを見る

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2016/03/06 08:13
★ギョーム・デュファイ   「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」
デュファイ(フランドル1400-1474)の「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」は、長い間、デュファイの作品かどうか真偽が問題になっていたようである。 ともあれ、この素朴とも言うべきこのミサ曲は、心がほぐれてくる。 マーラーの声楽曲「少年の魔法の角笛」になかに「魚に説教するパドヴァのアントニウス」という歌があり、魚たちも説教を聞きにくるという聖人讃歌である一方、説教に集まった魚たちは終わった途端にそれを忘れてしまうというユーモラスな歌で、自己満足を象徴する似非聖人を揶揄する面... ...続きを見る

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2016/03/05 07:53
★ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。 現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である。 ...続きを見る

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2016/03/04 07:23
★ギーム・デュファイ Antiphona(交唱)「Alma Redemptoris Mater(救い
この曲は、グレゴリオ聖歌「Alma Redemptoris Mater(救い主を育てた母)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したもの。 グレゴリオ聖歌自体美しい曲であるが、それをベースにさらに魅力あるものに作られている。 音階を踏んでゆくような出だしは原曲が生かされ、エンディングの静かにゆっくり音と言葉を確かめてゆながら終息する流れは祈りにまことにふさわしい。 「倒れ起きんとするを助けたまえり」と祈る。(なお、Antiphona(交唱)とは、合... ...続きを見る

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2016/03/03 08:01
★デュファイ   イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(造り主なる主)」
この曲は、グレゴリオ聖歌「Conditor alme siderum(造り主なる主)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したシンプルなもの。 待降節に歌われるもので、これを基にした賛美歌(賛美歌21-228番)もある。 神を賛美する簡単な歌詞にすぎないが、繰り返し歌い継がれてきた素朴さがある。 このPlain chantを、デュファイが、居合わせた数人で合唱して気持ちを分かち合えばよいように作ったのではないかと思われるような曲で、繰り返し聞... ...続きを見る

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2016/03/02 07:26
★作者不詳&デュファイ   「ミサ・ロム・アルメ]
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2016/03/01 07:57
★ダンスタブル  モテトゥス「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
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2016/02/29 07:32
★ドゥアルテ・ロボ    「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽などが紹介さ... ...続きを見る

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2015/09/26 08:05
★ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ」「サー・ヘンリ・アンプトンの葬送」など
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。 とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドは、リュートの「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など、「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。 ダウランドの曲は、そんな人間の常態を、「... ...続きを見る

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2015/09/25 07:15
★スヴェーリンク  オルガン曲「わが青春はすでに過ぎ去り」
「わが青春はすでに過ぎ去り」は、スヴェーリンク(蘭1562-1621の)多くの変奏曲の中でもっとも有名な作品。 ドイツの弟子を通じてもたらされた世俗曲の旋律をもとにした六つの変奏曲。 「わたしの若い命は終わってゆく.......私の悲しみも、こうして流れ去るのだ。」といった哀調を帯びた旋律。その歌詞の通り、「流れ去る時間」を思いつつ静かに耳を傾けることが出来る素晴らしい一曲だ。 ...続きを見る

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2015/09/24 07:49
★スヴェーリンク  オルガン曲「エコーファンタジア」「トッカータ ハ長調」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲は、コラール変奏曲などを取り上げたが、トッカータやファンタジアも彼の重要なジャンルである。 トッカータ ハ長調など鍵盤を駆け巡る目の覚めるような見事な多彩な楽想が現れる。 一方、エコー・ファンタジアは、鍵盤の対比によるオルガン特有のエコーが響き、複音が反芻するように曲が流れ、印象的な楽曲である。 ...続きを見る

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2015/09/23 07:59
★スヴェーリンク  オルガン曲「大公の舞踏会」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)はコラールによるオルガン曲を紹介したが、このオルガン曲「大公の舞踏会」は、イタリアの舞曲旋律に基づく四つの変奏曲で実に楽しい。 主題は、エミリオ・デ・ガヴァリエリのアリアの基づくものといわれている。クラヴィオルガンによるCDもあり、屈託のない旋律と明るい変奏は、メルヘン的な魅力を味わうことが出来る。 ...続きを見る

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2015/09/22 08:02
★スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなどへ... ...続きを見る

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2015/09/21 08:07
★ジェズアルド  「聖週間のためのレスポンソリウム」「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。「聖週間のレスポンソリウム」は、木、金、土の3曲ある。 「聖金曜日のためのレスポンソリウム」では、いきなり厚みのある深い響きの合唱で始まるの第1曲「我が友は皆我を見捨て」に魅せられそのまま最後まで引き込まれてゆく。 また「聖土曜日のためのレスポンソリウム」では、「見よ、いかに正しき者しすとも」「主が葬られたましし後」など圧巻である... ...続きを見る

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2015/09/20 08:05
★トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、既にジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家として紹介したが、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフ... ...続きを見る

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2015/09/19 08:22
★マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多... ...続きを見る

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2015/09/18 07:27
★ G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪う... ...続きを見る

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2015/09/17 07:57
★P.ニコライ     コラール「暁の星はいと麗しきかな」
フィリップ・ニコライ(独1556-1608)は、有名なコラール「目覚めよと呼ぶ声がする」とともに、コラール「暁の星はいと麗しきかな」の作曲者でもある。 フィリップ・ニコライは、ルター派の牧師であったが、彼のこれらの曲は、ミヒャエル プレトリウス(独1571-1621)等によってルター派のクリスマス コラールとして編曲されていった。 「暁の星はいと麗しきかな」はブクステフーデ(1637−1707)もオルガンのファンタジーとして編曲しているし、バッハは、同名のカンタータ(1番)を作曲している... ...続きを見る

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2015/09/16 07:25
★ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。 先に「サクラ・シンフォニア... ...続きを見る

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2015/09/15 07:55
★ジョバンニ・ガブリエル  ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)の ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」は、バロック時代の新しいコンチェルト様式で、ルネッサンスの多声音楽聖歌と異なり、旋律と通奏低音という2本柱で構成され、さらに器楽も使用されている。 また、ヴェネティア・サン・マルコ大聖堂の正十文字の空間効果を生かした複合唱(コーリ・スペツァッティ)完成させた曲とも言われている。 「シンフォニエ・サクレ第2集」は、通常文を作曲したミサ曲ではなく、マニフィカトや詩篇唱を集めたもので、モンテヴェルディ「聖母マ... ...続きを見る

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2015/09/14 06:51
★エミリオ・デ・カヴァリエーリ   「エレミア哀歌とレスポンソリウム」
エミリオ・デ・カヴァリエーリ(伊1550〜16029)はルネッサンス後期、バロック初期の作曲家、オルガニスト、音楽監督。 ...続きを見る

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2015/09/13 08:32
★レヒナー モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」
  レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。 ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 ハスラーのモテト「主よいつまで私を」は詩篇13に基づいているが、ほかにも「おお何とすばらしい贖罪」「主、イス... ...続きを見る

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2015/09/12 08:09
★ハンドル モテトゥス「アヴェ・マリア」「トランペットを吹き鳴らせ」
ヤコブ・ハンドル(ユーゴ1550-1591)はウイーン、プラハなどで活躍 。ボヘミアの対抗宗教改革の作曲家。 かれのモテトゥス「アヴェ・マリア」は、格別に美しい。繰り返し聞きたくなる心休まる曲。 「トランペットを吹き鳴らせ」も、トランペットの響きを感じさせる旋律で明るい曲。待降節の歌。 ...続きを見る

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2015/09/11 07:30
グレゴリオ聖歌  交唱「アヴェ・マリア」 ヴィクトリア「アヴェ・マリア」「恵み深き救い主の御母」
「アヴェ・マリア」は、デ・プレのそれを取り上げたが、グレゴリオ聖歌の  交唱「アヴェ・マリア」をベースにヴィクトリア(西1548-1611)が4声と二重合唱のための「アヴェ・マリア」を2曲作っている。前者は、グレゴリオの原曲がそのまま生かされた、デ・プレに劣らぬ美しいポリフォーである。後者は、マリアへの祈りを切々と歌う。また、聖母マリア賛歌のモテトゥス「恵み深き救い主の御母」も聞き逃せない。 ...続きを見る

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2015/09/10 06:59
★ヴィクトリア 「聖週間のレスポンソリウム集」
聖週間は、イエスの受難と苦痛に思いをはせ、悔恨のうちに祈りを捧げる期間である。 ヴィクトリア(西1548-1611)の「レスポンソリウム集」は、聖週間のうち、聖木、金、土曜日の3日間の「テネブレ(暗闇)のレスポンソリウム」といわれる18曲が作曲されている。 聖書、エレミア書、詩篇、ヨブ記、イザヤ書からイエスの受難のさまざまな情景が歌われる。 グレゴリオ聖歌は、悔恨でのたうつように歌われるが、ビクトリアは、悲しみの歌詞を美しい旋律とハーモニーで包み一層胸に迫ってくるものがある。 ...続きを見る

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2015/09/09 07:23
★ヴィクトリア      レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。 「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろうか。 義... ...続きを見る

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2015/09/08 07:45
★ヴィクトリア     「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。 教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしまうほ... ...続きを見る

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2015/09/07 07:20
★バード     「アヴェ ヴェルム コルプス」
「アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)」といえば、モーツアルトの曲が合唱などで必ず歌われ有名であるが、バード(英1543-1623)の曲もすばらしい。 アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)というのは、カトリック特有の聖餐のパンとぶどう酒がキリストの体に変わるという秘蹟を祝う歌である。 おおもとのグレゴリオ聖歌は、最後に「ああ、愛するイエス、あわれみ深いイエス、マリアの御子イエス」と歌う時、子供のようなかわいらしさがある。 十字架にかけられ... ...続きを見る

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2015/09/06 08:06
★W.バード     「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2015/09/05 08:18
★W.バード  モテット「より良き生活のうちにEmendemus in melius」ほか
バードのアンセムやモテットについては、「Sing joyfully unto God 」「turn our captivity」「アヴェ ヴェルム コルプス」をとりあげたが、ほかに注目すべきモテットとしては「Sing joyfully unto God 」と同類の明るさをもった「聖にしてほむべきものLaudibus in sanctis]がある。 また、懺悔と祈りのモテットとしては、「より良き生活のうちにEmendemus in melius」「嘆き嘆くだろうplorans plorabi... ...続きを見る

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2015/09/04 07:24
★W.バード  アンセム「捕われ人を連れ帰ってくださいturn our captivity」
W.バード(英1543-1623)のアンセム(イングランド国教会の礼拝の短い合唱曲)については、「Sing joyfully unto God」を取り上げたが、「捕われ人を連れ帰ってくださいTurn our captivity 」(詩篇第126 編)も印象に残る作品である。 悲惨なバビロンの幽閉から帰還する喜びが「they shall come with jollity」という効果的な繰り返しの中で、表現されている。「涙とともに種撒く人は、喜びの歌とともに刈り入れる」といったこの詩篇の歌詞が素... ...続きを見る

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2015/09/03 07:57
★W.バード   アンセム「われらの力の神に向いて喜び歌い 」
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。 特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。 この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答え... ...続きを見る

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2015/09/02 07:21
★W.バード   「グレイト・サービス(大礼拝曲)」
W.バード(英1543-1623)に、イギリスの国教会のために書かれた英語の典礼曲「グレイト・サービス(大礼拝曲)」がある。 早祷の<ヴェニテVenite>,<テデウムTe Deum>,<ベネディクツスBenedictice>,晩祷の<マニフィカトMagnificat>,<ヌンク・ディミティスNunc Dimittis,そして<クレドCredo>からなる。 未だ国教会の礼拝式が定まっていない頃の作品であるが、5声部にわかれている。出だしのVenite,から美しいハーモニーを聞くこ... ...続きを見る

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2015/09/01 07:57
★W.バード    「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Britain isle)ほか
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。 「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。また、「キリストは蘇りChrist risin... ...続きを見る

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2015/08/31 06:56
★コヴェントリ・キャロル     「ラリ ルラ、小さき子よ」「ララバイ(子守唄)」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いていて、イエスの降誕に伴う幼児への鎮魂歌である。 子守唄のやさしさのなかに、母親の悲しみが広がってくる... ...続きを見る

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2015/08/30 08:05
★プリマヴェラ  マドリガ-レ & パレストリーナ ミサ「Nasce la gioia mia」
プリマヴェラ(Giovan Leonardo Primavera伊1540-1585)は、イタリアのマドリガーレの作曲家で、ジェズアルドとも親交があった人であるが、その作品は、「Nasce la gioia mia(私の喜びが生まれる」以外よく知られていない。 パレストリーナ(伊1525-1594)がプリマヴェラのこのマドリガーレを基にパロディ・ミサを作ったことで知られている。 このマドリガーレは、「美しい太陽をみつめるといつも喜びが生まれる」といったもので、プリマヴェラ(春という... ...続きを見る

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2015/08/29 08:05
★ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にして... ...続きを見る

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2015/08/28 07:25
★ラッスス 「レクイエム(5声)」
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2015/08/27 08:07
★ラッスス モテトゥス「シオンよ、救い主をたたえよ」
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2015/08/26 07:52
★ラッスス  モテトゥス「音楽は神の贈り物」
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2015/08/25 08:03
★ラッスス  ミサ「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」
オルランドゥス・ラッスス(フランドル1532-1594)はすでに宗教曲を紹介したが、ここで取り上げるミサ曲「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」は、ラッスス自身が作曲した旧約聖書「雅歌」の第1章「ソロモンの雅歌」に基づくモテトゥスのパロディ・ミサである。 原曲そのものは地味であるが、音の流れ、変化が微妙で多彩で美しい響き聞き取ることが出来る。 パロディ・ミサとしては、このほか「途方にくれてPusque j'ai perdu」がある。 当時流行したシャンソンをもとにしたもので豊かなポ... ...続きを見る

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2015/08/24 07:27
★ラッスス 宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」
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2015/08/23 08:15
★ラッスス    「主よ、御身の怒りにて(懺悔詩篇曲)」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 この詩篇曲は、詩篇6を作曲したもの。詩篇6は詩篇5と対になっていて、5は「他者弾劾の詩」、6は「自己弾劾の詩」といわれる。 確かに「他者弾劾」だけでなく「自己弾劾」もしているが、まだニーチェの言うルサンチマン(弱者が強者に抱く怨念)を感ずる詩篇でもある。 自他に対する神の怒りを恐れる気持ちを静かに乗せて曲は流れてゆく。 ...続きを見る

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2015/08/22 07:58
★パレストリーナ  「スタバトマーテル」
先にペルコレージの「スタ-バト・マーテル」を紹介したが、パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲も美しい。 カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるようにという要請もあり、パレストリーナの曲は、調和して響き過ぎて眠くなってしまうようなところがある。 しかし、この「スタ-バト・マーテル」は調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそらく聖母の極限の悲しみというべきの詩との緊張感が持続しているからであろう ...続きを見る

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2015/08/21 07:33
★パレストリーナ    モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとりで」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。 愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。 喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい ... ...続きを見る

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2015/08/20 08:05
★パレストリーナ 「祝福されし聖母のミサMissa de Beata virgine(4声)」
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2015/08/19 07:35
★パレストリーナ ミサ「ロム アルメ」
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2015/08/18 07:58
★パレストリーナ 「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」(聖母被昇天のミサ)
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2015/08/17 08:09
★パレストリーナ  「ミサ・ブレビス」
パレストリーナ(伊1525-1594)のミサで、「教皇マルチェルスのミサ」「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」のほかに、「ミサ・ブレビス」も魅力的である。 よく合唱団でも歌われるようだ。「ミサ・ブレビス」は、[Short mass」という意味であるが、通常ミサの定例文は特に省かれてはいないが、ルターのプロテスタントに対抗するために、ポリフォニーの複雑化を避け、単純、明快でコンパクトな仕上がりになっている。 また、パロディ・ミサのように元になる旋律も明確には特定されないようであ... ...続きを見る

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2015/08/16 08:21
★パレストリーナ    「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナの代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。 端正で明るく、透き通るような美しさがある。 ...続きを見る

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2015/08/15 08:07
★シェッパード 詩篇モテトゥス「僕らよ、主をたたえよ」
ジョン・シェッパード(英1515-1558)は、タリスやタイと同時代に活躍したが若くして世を去っている。 タヴァナー「西風のミサ」のところで紹介したように、タヴァナー、タイとともに同題名のミサ曲を作っているが、他にも教会音楽家として多くのモテトゥスを作っている。 ここで紹介するのは詩篇112「僕らよ、主をたたえよ」に基づくモテトゥス。 詩篇は、その内容とも関連するため、詩が効果的に歌われる要素が必要になる。 この曲は、詩篇の偶数節のみ多声化され、奇数節の単旋律と交互に歌われる。 単旋律... ...続きを見る

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2015/08/14 08:02
★ローレ  マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのミサ曲やモテトゥスのほか、世俗曲も作曲している。 マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」のカラムスは芦笛のこと。 低音のみで歌われ、こころの奥深い悲しみを半音階の動きにより劇的に表現する印象に残る一曲 ...続きを見る

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2015/08/13 07:56
★ローレ  ミサ曲「万物の連なりを超えて」(ジョスカンのモテトゥスのパロディミサ)
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのモテトゥスを作曲し魅力的な作品が多いが、ジョスカンのモテトゥス「万物の連なりを超えて」によるパロディミサが素晴らしい。 ジョスカンの原曲が傑出していることもあり、長いミサ曲なれど飽きが来ない。 ジョスカンの原曲が2部に分かれていて、それらの旋律がミサ曲の各楽章に配列され、深いまとまりを持った... ...続きを見る

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2015/08/12 08:01
★アントニオ・デ・カベソン  シャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラ」、ティエント第3番
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 )については、「ディファレンシアス」を紹介したが、ネーデルランドのトマス・クレキヨンが作曲したシャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラD'ou vient cela(それはどこから来た?)」の変奏曲が、大変美しい。 トマス・クレキヨンは、カール5世に仕えた宮廷音楽家で「あなたを勝利者と呼べるのは誰か」などのモテトゥスがある。 また,カベソンには「ティエント」(スペインのオルガンの楽曲形式)の連作があるが、特に3番が印象的。 ...続きを見る

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2015/08/11 07:39
★アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレンシアス作... ...続きを見る

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2015/08/10 08:31
★クレメンス・ノン・パパ モテトゥス「我はシャロンの花なり」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 モテトゥス「父よ、我は天に対し」をとりあげたが、「我はシャロンの花なり」(7声)「羊飼いらは互いに語れり」(5声)なども印象に残る作品である。 特に「我はシャロンの花なり」は7声で、高低の幅・深みもあり、雅歌の詩と重なって美しく響く。 ...続きを見る

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2015/08/09 07:52
★クレメンス・ノン・パパ  モテトゥス「父よ、我は天に対し」
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2015/08/07 07:26
★アルカデルト  マドリガーレ「白く優しい白鳥」
ヤコブ・アルカデルト(フランドル1505-1568)は、アヴェ・マリアで有名だがヴェルドロとともにイタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をした作曲家である。 イタリア気質をうまくとらえてフランドル楽派の作曲様式とうまく融和させた。 「白く優しい白鳥」はその代表作品。 「おお、幸福な私の目」などとともに、ヴィオールの器楽を交えた多声の、旋律の豊かさに加え、洗練と素朴を兼ね備えた展開に魅了される。 アルカデルトは、あの大芸術家ミケランジェロとも交流があり、彼の詩をマドリガーレに... ...続きを見る

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2015/08/06 07:32
★タイ  モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家。 すでに「西風のミサ」、ミサ曲「シネ ノミネ」を取り上げたが、モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ」も大変充実感を覚える曲である。 歌詞は祝典的な内容の詩篇46の作曲であるが、ミサ曲「シネ ノミネ」と同じように、5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開する。 ...続きを見る

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2015/08/05 07:27
★タイ  ミサ曲「シネ ノミネ」
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2015/08/04 08:09
★タリス 「4声のミサ」
タリス(英1505-1585)といえば、「エレミア哀歌」や数々の「モテット」が聞き応えあるが、「4声のミサ」も、4声の比較的シンプルなまとまりの中で快いハーモニーが展開する。ゆったりした流れに美しいささやきが交叉する。特にグローリア、クレドが美しい。 ...続きを見る

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2015/08/03 07:24
★トーマス・タリス    「エレミア哀歌」
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2015/08/02 08:01
★トーマス・タリス   モテット「祭祀たちは食を断ち」、アンセム「If ye love me
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2015/08/01 08:12
★モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」等
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)はミサ曲「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」を取り上げたが、モテトゥスにおいても素晴らしい曲が多い。 すべてに劇的な表現力と抑制の調和が実現されている。なかでも、「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」が一層心に滲み込んでくる。 「より良き生活のうちに」は、歌詞が、「人間は,埃から生まれ死して埃に返るにすぎない存在である。」打ち砕かれた謙虚な心こそが人間にふさわしいと悔い改めを求める。 「羊飼いたちよ、語れ」は「キリストの... ...続きを見る

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2015/07/31 07:34
★モラレス  ミサ「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、16世紀イベリア半島において、ビクトリアに先立つ最初の大作曲家である。 ミサ「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」はジョスカン・デ・プレのシャンソン「千々の悲しみmille regrets」のパロディミサである。 「キリエ」から「アニュス・デイ」に至るどの曲においても、哀愁をおびた深みのあるポリフォニーが洗練と抑制の調和を実現している。 パレストリーナの先駆者とも言われている。 ...続きを見る

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2015/07/30 08:04
★ルイス・デ・ナルバエス  「はかりしれぬ悲しさ(ミル ルグレ)」
ルイス・デ・ナルバエス(西1500-1560)はビウエラ(古楽器:リュートのような弦楽器)の奏者でカール5世(カルロス1世)にカベソンなどとともに仕えた宮廷音楽家。 「はかりしれぬ悲しさ(ミル ルグレ)」は、ジョスカンによる原曲であるが、カール5世が特に好んだことから、モラレス、ゴンベールなどが編曲しているが、このナルバエスの曲は、ビウエラの効果もあって大変哀愁が漂う。 ...続きを見る

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2015/07/29 07:29
★ニコラ・ゴンベール 「兎狩り」
聖職者だったニコラ・ゴンベール(フランドル1495-1560)は、当然、モテトゥスなど宗教曲が多いが、ジャヌカンの「狩の歌」のような世俗の歌も作っている。 「兎狩り」がそれである。クレマン・ジャヌカン・アンサンブルの「口宮の楽しみ」(ルネサンスの酒の歌)のCDに収められたものだが、日本のデュークエイセスの「筑波山麓合唱団」思い起こさせる。 ...続きを見る

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2015/07/28 08:17
★ニコラ・ゴンベール「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」
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2015/07/27 07:50
★ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」「ムーサたちよ嘆け」
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。「罪深いわれらに苦い死を... ...続きを見る

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2015/07/26 08:25
★ジョン・タヴァナー   ミサ曲「グローリア・ティビ・トリニタス」
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2015/07/25 08:14
★ジョン・タヴァナ-  「西風のミサ曲」
ジョン・タヴァナ-(英1490-1545)は、ヘンリー8世とクロムエルが英国国教会を成立させたころの音楽家である。 「西風のミサ曲」は、「西風」という俗謡を定旋律としたパロディミサで、「西風」は、春の訪れを意味する、いわば「春風」。 「キリスト様、俺の腕に恋人がいて、それがベッドの中だといいんだが」というような歌詞で、ミサ曲の土台にするにはなかなか大胆な試み 。だからか、曲も明るく、美しい。 「西風のミサ曲」は、タヴァナ-の後、同じ定旋律で、タイ(英1505-1572)、シェパ... ...続きを見る

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2015/07/24 07:35
★ヴィラールト   モテトゥス「めでたし、天の女王」「主がシオンの囚われを」
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2015/07/23 07:52
★ジャヌカン  シャンソン「鳥の歌」「狩の歌」「女のおしゃべり」
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2015/07/22 07:52
★ガスパロ・アルベルティ ミサ「イタリア・ミア」の「アニュス・デイ」
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2015/07/21 07:48
★ヴェルドロ   マドリガーレ「わがイタリア」
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2015/07/20 08:01
★ジャン・レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。 だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。... ...続きを見る

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2015/07/19 08:10
★W. コーニッシュ  モテトゥス「スタバト・マーテル」
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2015/07/18 08:04
★W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル)
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 ...続きを見る

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2015/07/17 07:44
★ブリュメル ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」「エレミア哀歌」
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2015/07/16 08:14
★ラ・リュウ  「レクイエム」
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2015/07/15 07:29
★ラ・リュ-  モテトゥス「めでたし女王、哀れみ深きみ母Salve regina」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 「Salve regina」は、聖歌の旋律とテキストをベースにした多くの作品の中で、ラ・リュ-の作品は美しい小品。 このほか「おお乙女、キリストのみ母よGaude virgo,mater Christi」等もさまざまなポリフォニー、ホモフォニックな要素を楽しめる。 ...続きを見る

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2015/07/14 07:50
★オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。 オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出来... ...続きを見る

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2015/07/13 07:42
★イザーク 使徒のミサ曲(Missa de Apostolia)
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2015/07/12 08:01
★イザーク  モテトゥス「あなたはまったく美しい」「至高なる羊飼いよ」
 イザーク((フランドル、1450−1517)はジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。 厚みと深みのあるこれらの音楽は、壮大な宇宙空間に共鳴する調和の世界を作るが、曲が長くなると惰性とも言うべき単調さが出てくる。 その点、「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に向かい引き潮... ...続きを見る

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2015/07/11 08:22
★イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」(シャンソン)
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。 何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2015/07/10 07:21
★ジョスカン  モテット「Memor esto verbi tui(御身の下僕へのみ言葉を思い出し
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)このモテットは、詩篇119によるもの。詩篇119は一番長い詩篇で、そのなかで41-64までの部分が歌われる。 「Memor esto verbi tui(御身の下僕へのみ言葉を思い出したまえり)」というこの言葉に、当時ジョスカンが仕えていたルイ12世に聖職録を要求する意味が込められていたというエピソードがあるそうであるが、それはともかく、詩の意味は「神のことばを忘れ、罪を侵しおろかになりやすい我々に、常に神の御言葉を常に忘れさせないようにし... ...続きを見る

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2015/07/09 07:37
★ジョスカン・デ・プレ  モテトゥス[神をはぐくむ汚れなきの乙女
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のこのモテトゥス「神をはぐくむ汚れなきの乙女Ilibata Dei virgo nutrix」は、聖母マリアを歌った5声の曲であるが、最初は2声ではじまりだんだん声が加わってくる多声の妙を楽しむことが出来る。 また、歌詞の各行の頭文字を並べてみると「JOQUIN DES PREZ]というジョスカンの名前の綴りになっている。 歌詞にマリアに対して「御言葉を生みし人」「御身はエヴァの償い」という言葉がある。 ヨハネ福音書の「はじめにロ... ...続きを見る

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2015/07/08 07:17
★ジョスカン デ プレ 「ミサ」& グレゴリオ聖歌 「めでたし海の星Ave maris stella
グレゴリオ聖歌 「めでたし海の星Ave maris stella」を定旋律としてジョスカン デ プレが作った4声のミサ曲。 「めでたし海の星Ave maris stella」は、ガリア聖歌を母体としてグレゴリオ聖歌に編入されたといわれている。 歌詞に「罪人のかせを解き放ち、盲人に光を与え、われらの悪を退け、恵みを与えたまえ」とあるように、中世前期のガリア地方(フランス)の野蛮で残酷な時代に人々が柔和な世界を求めたことを反映しているという 。曲は、情感がこもった優しさがあり、デ・プレ... ...続きを見る

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2015/07/07 07:33
★ジョスカン・デ・プレ ミサ&グレゴリオ聖歌 「パンジェ・リングア」
グレゴリオ聖歌 の「パンジェ・リングア」(舌よ主をほめたたえよ)は、賛歌のなかでも「来たれ,造り主なる聖霊よ Veni Cretator Spiritus」と並んで有名で旋律が美しい。 この聖歌の旋律を定旋律として、4つの声部が模倣して展開してゆくミサ曲をデ・プレ(フランドル、1440−1521)が作っている。 クレドの密度の濃い展開に充実感を覚えるとともにアニュス・デイの美しさに喜びを感ずる。こうした聖歌がポリフォニーとして展開してゆく事例に、西洋音楽の足跡を見る事が出来る。 ... ...続きを見る

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2015/07/06 07:30
★ジョスカン・デ・プレ   シャンソン「千々の悲しみ」「終わりなき悲しみ」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏したとされる曲。 当時スペインなどで流行していた曲らしく、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。 この曲とは別にジョスカンには、「終わりなき悲しみregretz sans fin」「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある。 「終わりなき悲しみregretz sa... ...続きを見る

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2015/07/05 07:55
★ジョスカン・デ・プレ    「オケゲムの死を悼む晩歌」
デ・プレ(フランドル、1440−1521)の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 ...続きを見る

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2015/07/04 08:02
★ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 アヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが、デ・プレのは多声音楽だから、ひとつの旋律ではなく、波のように、複数の旋律が調和して聞こえてくる。 マリアに託す多くの人々の祈りの声がそこにあるといった感じだ。穏やかで平和な時間に満たされる。 ...続きを見る

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2015/07/03 07:19
★オケゲム  ミサ「武装した人」
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2015/07/02 17:54
★オケゲム  世俗曲「口には笑みを湛え」「死よそなたは矢で傷つけてしまった」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)については、ミサやモテトゥスを取り上げたが、世俗曲も沢山作っていて、名曲が多い。 「口には笑みを湛えMa bouche rit」は、愛を歌ったもので当時愛好された歌のようである。 また「死よ そなたは矢で傷つけてしまったMort,tu as navre」は、オケゲムの先輩であるバンショワ の死を悼んで書かれた挽歌であるが、「死が矢で傷つける」、「音楽が黒衣を身にまとう」といったユニークな詩が4声の深い響きととも... ...続きを見る

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2015/07/01 09:03
★オケゲム ミサ曲「ミサ・プロラツィオーヌム」
オケゲム(フランドル1410-1497)のミサ曲《ミサ・プロラツィオーヌム(種々の比率のミサ曲)Missa Prolationum》は、比例カノンを用いた驚異的な作曲技法によるものとして知られる。 ヨーロッパの音楽は、ピュタゴラス以来、調和する音の比率が、宇宙の調和の原理でもあるとされ、音楽、数学、天文学等が密接に結びついていた。 この音楽は、森の中に鳴りひびく音楽のようであり、オケゲムは、天球の音楽をイメージしていたのかもしれない。 ...続きを見る

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2015/06/30 07:18
★オケゲム「ミサ・プレスク・トランジ」(通称<ミサ・ミ・ミ>)
オケゲム(フランドル1410-1497)のミサは、「ド・ブリュ・ザン・ブリュ」(パロディ・ミサ)を取り上げたが、「ミサ・プレスク・トランジPresque transi」(通称<ミサ・ミ・ミ>)も最高傑作のひとつ。 オケゲムの3声のシャンソン<Presque transi(殆ど凍えた)>の複数の声部を借用した一種のパロディ・ミサ。バスの各章の出だしが(ミ→ミ)で始まることから通称<ミサ・ミ・ミ>とも呼ばれる。 各声部がそれぞれ明確に自立しながら互いに調和を取りあって進むポリフォニーが魅力... ...続きを見る

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2015/06/29 07:28
★オケゲム  モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mater」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)の聖母に関するモテットのひとつであるが、曲が大変美しい。 5声で歌われる。 楽園を追われた人間の、「過渡的な存在」から天国という「永遠への国」への復帰という切なる願いは、やがて死に至る人間の深い祈り。 カトリックの特有の文化であるが、罪深きエヴァの子である人間は、イエスへのとりなしをけがれない聖母マリアに哀願する。 ...続きを見る

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2015/06/28 07:49
★オケゲム 「レクイエム」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放され... ...続きを見る

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2015/06/27 08:10
★バンショワ「いつまでもやはり」(シャンソン)とオケゲム「ド・ブリュ・ザン・ブリュ」
バンショワ「いつまでもやはり」(シャンソン)とオケゲム「ド・ブリュ・ザン・ブリュ」(パロディ・ミサ) デュファイやバンショワ(フランドル1400-1476)、オケゲム(フランドル1410-1497)といった15世紀のフランドル地方の作曲家は、中世の宗教色の強い音楽を、世俗曲やそのパロディミサによって音楽におけるルネッサンスを確立していった 。その好例がこのバンショワの「いつまでもやはり」(シャンソン)をもとにオケゲムがミサにしたものである。 「いつまでもやはり」は、「美しい奥方が忘れ... ...続きを見る

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2015/06/26 07:34
★ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。 現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である ...続きを見る

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2015/06/25 07:30
★ギョーム・デュファイ   「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」
デュファイ(フランドル1400-1474)の「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」は、長い間、デュファイの作品かどうか真偽が問題になっていたようである。 ともあれ、この素朴とも言うべきこのミサ曲は、心がほぐれてくる。マーラーの声楽曲「少年の魔法の角笛」になかに「魚に説教するパドヴァのアントニウス」という歌があり、魚たちも説教を聞きにくるという聖人讃歌である一方、説教に集まった魚たちは終わった途端にそれを忘れてしまうというユーモラスな歌で、自己満足を象徴する似非聖人を揶揄する面もあ... ...続きを見る

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2015/06/24 07:32
★ギョーム・デュファイ Antiphona(交唱)「Alma Redemptoris Mater
この曲は、グレゴリオ聖歌「Alma Redemptoris Mater(救い主を育てた母)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したもの。 グレゴリオ聖歌自体美しい曲であるが、それをベースにさらに魅力あるものに作られている。 音階を踏んでゆくような出だしは原曲が生かされ、エンディングの静かにゆっくり音と言葉を確かめてゆながら終息する流れは祈りにまことにふさわしい。 「倒れ起きんとするを助けたまえり」と祈る。(なお、Antiphona(交唱)とは、合... ...続きを見る

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2015/06/23 07:32
★デュファイ   イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(造り主なる主)」
この曲は、グレゴリオ聖歌「Conditor alme siderum(造り主なる主)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したシンプルなもの。 待降節に歌われるもので、これを基にした賛美歌(賛美歌21-228番)もある。 神を賛美する簡単な歌詞にすぎないが、繰り返し歌い継がれてきた素朴さがある。 このPlain chantを、デュファイが、居合わせた数人で合唱して気持ちを分かち合えばよいように作ったのではないかと思われるような曲で、繰り返し聞... ...続きを見る

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2015/06/22 07:30
★作者不詳&デュファイ   「ミサ・ロム・アルメ]
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2015/06/21 08:06
★ダンスタブル  モテトゥス「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
グレゴリオ聖歌「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」の歌詞に新しく言葉を加え、ダンスタブルがモテトゥスとして作曲したもの。グレゴリオ聖歌の旋律にこだわらず自由に作った3声の曲。 優しく淡々と歌われてゆく。美しい曲だ。 デ・プレにも同題のモテトゥスがあるが、代表的なマリア賛歌だけに、珠玉の作品が多い。 ...続きを見る

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2015/06/20 07:55
★スタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spiritus/創り主なる
ジョン・ダンスタブル(英1390-1453)は、中世末期イギリスの最大の作曲家といわれ、大陸とイギリスの和声を融合しルネッサンス音楽誕生をもたらした人と言われている。 この曲は、中世音楽の手法である複雑なイソリズム(旋律を反復する一定の繰り返されるリズムに埋め込む手法)を用いている驚異的なモテトウスである。 二つのグレゴリオ聖歌のVeni Sancte SpiritusとVeni creator Spritusと前者の改編した曲に基づく4声を、反復するリズムにまさに埋め込みながら展開させ... ...続きを見る

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2015/06/19 07:27
★モンセラートの朱い本
スペイン・バルセロナ郊外のモンセラート山の黒い聖母像で知られるモンセラート修道院に伝承される14世紀の朱い写本(1399製作)には、巡礼者たちによって歌い踊られた10曲の歌が残されている。 民謡や賛歌などで、単旋律、2声、4声のポリフォニー歌曲もある。 素朴で力強い旋律は大変魅力的である。 「声をそろえていざ歌わん」や「7つの喜び」などの掛け声のようなマリア賛美には、人々の素朴な一体感と喜びが伝わってくる。 「あまねき天の女王」は、時間が止まってしまったような、ゆったりした世界の中で... ...続きを見る

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2015/06/18 08:07
★ギヨーム・ド・マショー  「ダヴィデのホケトゥス 」
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2015/06/17 07:17
★グレゴリオ聖歌(繰り返し聞きたくなる、歌いたくなる聖歌)
プロテスタントのコラールのように繰り返し聞いたり謳いたくなる聖歌を挙げてみると下記のようになる ...続きを見る

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2015/06/13 07:49
★ グレゴリオ聖歌  リトムス「ベツレヘムに幼な子生まれぬ」、入祭唱「幼子われらに生まれ」
「ベツレヘムに幼な子生まれぬPuer natus in Bethlehem」は、降誕祭の歌であるが,”古い時代のリズム(リトムス・アンティクウス)”と呼ばれるものに属する。 起源は中世の宗教劇にあり素朴で民衆的。他のグレゴリオ聖歌にはない俗謡的なリズムで楽しく聞くことが出来る。 同じく降誕祭の入祭唱「幼子われらに生まれPuer natus est nobis」は、歌声からイエス誕生の喜びが伝わってくる優しく明るい曲である。 この歌は、M.プレトリウスの「クリスマス・ミサ」の導入のコラー... ...続きを見る

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2015/06/12 07:22
★グレゴリオ聖歌  続唱「めでたし、世の望みなるマリアAve mundi spes Maria」
続唱は、アレルヤ唱に続けて歌うものだが、5曲の続唱を除いて16世紀禁じられた。 これも禁じられた方の一曲。 聖母マリアに捧げられた聖歌であり、作者は、続唱の作曲で著名なアダム(〜1192)という修道士によるもの。 「”死”の決め事に逆らいて子をば生じたるお方よ」という歌詞が印象的。 曲も、何度かマリアをたたえる節で高揚したリズムが快く響く。 ...続きを見る

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2015/06/11 08:05
★グレゴリオ聖歌  聖体賛歌「われは御身を敬虔にあがめ」Adoro te devote
13世紀の聖人トマス・アクィナスによる聖体拝領の祈り「隠れたる神性よ」をテキストにした聖体賛歌。 「パンの形の中に真に在す隠れた神」の歌詞ではじまる。キリストの血(葡萄酒)と体(パン)をありがたく身体の中に受け入れ神への深い信仰を誓う、というテキストの内容にふさわしい厳粛で敬虔な雰囲気をもっているが、曲は、童謡のような優しさを感じさせる。 ほっとさせてくれる一曲である。早く覚えて歌いたくなる曲でもある。 ...続きを見る

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2015/06/10 07:33
★グレゴリオ聖歌:賛歌<真実なる十字架 Crux Fidelis>
聖金曜日はイエスが十字架に掛けられた受難の日。 この日の典礼「十字架の崇敬」で歌われる賛歌の一つ。 曲も美しいが、何度も繰り返される次の歌詞がよい。 「真実なる十字架、全てにまさる。唯一の尊い木、その葉 その花 その実にくらぶべきは どんな森にもない」。 世界樹という樹木崇拝の影響が垣間見られる。 ...続きを見る

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2015/06/09 07:50
★グレゴリオ聖歌:入祭唱<我らは NOS AUTEM>、昇階唱<キリストは我らのために
聖木曜日のミサに、最初に続けて歌われる入祭唱と昇階唱の2曲。 聖木曜日は「最後の晩餐」にあたる日である。 入祭唱は、「主キリストの十字架にこそ、救いと生命と我らの復活がある。私たちはそれによって救われ自由にされた。」(パウロのガラテヤ信徒への手紙)、昇階唱は「キリストは我らのために十字架上に死ぬまで従いたもうた」(パウロのフィリピ信徒への手紙)というまさに、信仰の礎となる十字架上の犠牲を歌う内容だけに、内面的で深く印象的な曲である。 この他、聖木曜日には、イエスが弟子たちの足を洗う洗足式に... ...続きを見る

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2015/06/08 07:29
★グレゴリオ聖歌  セクエンティア「シオンよ汝の救い主を讃えよ」Lauda Sion
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2015/06/07 08:11
★グレゴリオ聖歌  セクエンツイア「ディエス・イレ(怒りの日)」Dies irae
「ディエス・イレ(怒りの日)」は、レクイエム(死者のためのミサ)のセクエンツイア。 「ディエス・イレ(怒りの日)」とは、最後の審判の日のことであるが、ベルリオーズの幻想交響曲の5楽章「魔女の夜宴の夢」やサン=サーンスの「死の舞踏」に「死」をあらわすものとしてこのグレゴリオ聖歌が用いられている。 魂の内面を揺さぶってゆくような陰鬱だが力強いメロディが印象的で、フィギアスケートの浅田真央がオリンピックで滑ったラフマニノフの「鐘」もこの旋律が用いられている。 なお、セクエンツイア(続唱)とは... ...続きを見る

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2015/06/06 08:13
★グレゴリオ聖歌  続唱「過越のいけにえを」 Victimae paschali laudes
この曲は復活祭のときに歌われる有名な続唱。 続唱というのはアレルヤのあとに続けて歌われる曲という意味であるが、現在、認められている続唱は5曲しかなく、これはそのひとつ。 イエスの復活後に弟子たちと婦人たちが一同に集まって喜びを語り合う場面がモチーフになっている。 この曲は、ルターが旋律を改編してコラール「キリストは死の縄目につながれたり」を作り、これが後にバッハの有名なカンタータ4番となる。 カンタータ4番「キリストは死の縄目につながれたり」は、死と生命が戦い、生命が死を呑みつくすと... ...続きを見る

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2015/06/05 07:23
★グレゴリオ聖歌  賛歌「来たれ,造り主なる聖霊よ Veni Cretator Spiritus」
グレゴリオ聖歌のなかでもっとも有名な賛歌である。 聖霊降臨の祝日に歌われる。新約聖書(使徒行伝)2章1節〜42節)にあるエピソードの1つで、イエスの復活・昇天後、祈っていた使徒たちの上に神から聖霊が降ったという出来事を記念するもの 。「感覚に光をともし、心に愛を注いでください。私達の体の弱さを永遠の力で強めながら」という歌詞がある。 罪により、神を信じられなっている心、隣人を愛せなくなっている心、臆病になっている心を鼓舞する聖霊への期待が歌われる。 この歌詞を、マーラーが交響曲... ...続きを見る

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2015/06/04 07:38
★グレゴリオ聖歌  「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
代表的な聖母マリア賛歌には、「サルヴェ・レジーナ めでたし元后 Salve,Regina」のほか、[天の元后 Ave Regina Caelorum」「救い主を育てた母Alma Redemptoris Mater]「天の元后、喜びたまえRegina Caeli]の4曲あり、いずれも聖務日課の終課で歌われる。 中でもとりわけ美しいのが「サルヴェ・レジーナ」である。題名は「幸いなるかなお后さま、哀れみ深い母」というような意味であるが、歌詞は、放浪の罪深きエヴァの子(つまり我々人間が)が、... ...続きを見る

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2015/06/03 07:28
★ドゥアルテ・ロボ    「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。 当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽など... ...続きを見る

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2015/01/18 08:39
★ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ」「サー・ヘンリ・アンプトンの葬送」など
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。 とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。 ダウランドの曲は、そんな人間の常... ...続きを見る

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2015/01/17 10:05
★スヴェーリンク  オルガン曲「わが青春はすでに過ぎ去り」
「わが青春はすでに過ぎ去り」は、スヴェーリンク(蘭1562-1621の)多くの変奏曲の中でもっとも有名な作品。 ドイツの弟子を通じてもたらされた世俗曲の旋律をもとにした六つの変奏曲。 「わたしの若い命は終わってゆく.......私の悲しみも、こうして流れ去るのだ。」といった哀調を帯びた旋律。 その歌詞の通り、「流れ去る時間」を思いつつ静かに耳を傾けることが出来る素晴らしい一曲だ。 ...続きを見る

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2015/01/16 07:40
★スヴェーリンク  オルガン曲「エコーファンタジア」「トッカータ ハ長」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲は、コラール変奏曲などを取り上げたが、トッカータやファンタジアも彼の重要なジャンルである。 トッカータ ハ長など鍵盤を駆け巡る目の覚めるような見事な多彩な楽想が現れる。 一方、エコー・ファンタジアは、鍵盤の対比によるオルガン特有のエコーが響き、複音が反芻するように曲が流れ、印象的な楽曲である。 ...続きを見る

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2015/01/15 07:30
★スヴェーリンク  オルガン曲「大公の舞踏会」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲「大公の舞踏会」は、イタリアの舞曲旋律に基づく四つの変奏曲で実に楽しい。 主題は、エミリオ・デ・ガヴァリエリのアリアの基づくものといわれている。 クラヴィオルガンによるCDもあり、屈託のない旋律と明るい変奏は、メルヘン的な魅力を味わうことが出来る。 ...続きを見る

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2015/01/14 07:33
★スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなど... ...続きを見る

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2015/01/13 07:36
★ジェズアルド  「聖週間のためのレスポンソリウム」「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 「聖週間のレスポンソリウム」は、木、金、土の3曲ある。 「聖金曜日のためのレスポンソリウム」では、いきなり厚みのある深い響きの合唱で始まるの第1曲「我が友は皆我を見捨て」に魅せられそのまま最後まで引き込まれてゆく。 また「聖土曜日のためのレスポンソリウム」では、「見よ、いかに正しき者しすとも」「主が葬られたましし後」など圧... ...続きを見る

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2015/01/12 07:38
★トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家であるが、なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリスの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフが君の恋... ...続きを見る

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2015/01/11 08:09
★マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。 マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多い。 ... ...続きを見る

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2015/01/10 07:44
★G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという... ...続きを見る

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2015/01/09 07:35
★P.ニコライ     コラール「暁の星はいと麗しきかな」
フィリップ・ニコライ(独1556-1608)は、コラール「目覚めよと呼ぶ声がする」とともに、コラール「暁の星はいと麗しきかな」の作曲者でもある。 フィリップ・ニコライは、ルター派の牧師であったが、彼のこれらの曲は、ミヒャエル プレトリウス(独1571-1621)等によってルター派のクリスマス コラールとして編曲されていった。 「暁の星はいと麗しきかな」はブクステフーデ(1637−1707)もオルガンのファンタジーとして編曲しているし、バッハは、同名のカンタータ(1番)を作曲している。 ... ...続きを見る

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2015/01/08 08:21
★ジョバンニ・ガブリエリ   カンツォーナとソナタ
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)は、ルネッサンスからバロックへの過渡期に、分割合唱、通奏低音などによる作曲をした人。 聖マルコ寺院における宗教曲集「サクラ・シンフォニア集1,2」が、当時のドイツのハスラー、シュッツ、M.プレトリウスなどへ影響を与え、初期バロックのドイツへの移植を促した。 分割合唱様式は、半世紀前の聖マルコ寺院楽長であったヴィラールト開拓したヴェネツィア楽派の特徴であるが、ガブリエリにおいては、楽器、声楽を高度に配置した作曲が特徴。 先に「サクラ・シンフォ... ...続きを見る

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2015/01/07 07:38
★ジョバンニ・ガブリエル  ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)の ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」は、バロック時代の新しいコンチェルト様式で、ルネッサンスの多声音楽聖歌と異なり、旋律と通奏低音という2本柱で構成され、さらに器楽も使用されている。 ...続きを見る

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2015/01/06 09:51
★エミリオ・デ・カヴァリエーリ   「エレミア哀歌とレスポンソリウム」
エミリオ・デ・カヴァリエーリ(伊1550〜16029)はルネッサンス後期、バロック初期の作曲家、オルガニスト、音楽監督。 最初のオラトリオ(ひとつの劇の全体を音楽化)を書いた人といわれる。 代表作は「魂と肉体の劇」。 カヴァリエーリの「エレミア哀歌」は、独唱者が通奏されるバス声部の伴奏に支えられる通奏低音手法を用いた初期の作品のひとつである。 「エレミア哀歌」とイエスの受難の物語(レスポンソリウム)と呼応させた作品で、朗ようする哀歌をいっそう深める力作である。 ...続きを見る

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2015/01/05 08:01
★レヒナー  モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」 
レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。 ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。 以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 ハスラーのモテト「主よいつまで私を」は詩篇13に基づいているが、ほかにも「おお何とすばらしい贖罪」「主、... ...続きを見る

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2015/01/04 08:37
★ハンドル モテトゥス「アヴェ・マリア」「トランペットを吹き鳴らせ」
ヤコブ・ハンドル(ユーゴ1550-1591)はウイーン、プラハなどで活躍。 ボヘミアの対抗宗教改革の作曲家。 かれのモテトゥス「アヴェ・マリア」は、格別に美しい。 繰り返し聞きたくなる心休まる曲。 「トランペットを吹き鳴らせ」も、トランペットの響きを感じさせる旋律で明るい曲。 待降節の歌。 ...続きを見る

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2015/01/03 08:00
★ グレゴリオ聖歌  交唱「アヴェ・マリア」 ヴィクトリア「アヴェ・マリア」「恵み深き救い主の御母」
グレゴリオ聖歌の交唱「アヴェ・マリア」をベースにヴィクトリア(西1548-1611)が 4声と二重合唱のための「アヴェ・マリア」を2曲作っている。 前者は、グレゴリオの原曲がそのまま生かされた、デ・プレに劣らぬ美しいポリフォーである。 後者は、マリアへの祈りを切々と歌う。また、聖母マリア賛歌のモテトゥス「恵み深き救い主の御母」も聞き逃せない。 ...続きを見る

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2015/01/02 07:55
★ヴィクトリア 「聖週間のレスポンソリウム集」
聖週間は、イエスの受難と苦痛に思いをはせ、悔恨のうちに祈りを捧げる期間である。 ヴィクトリア(西1548-1611)の「レスポンソリウム集」は、聖週間のうち、聖木、金、土曜日の3日間の「テネブレ(暗闇)のレスポンソリウム」といわれる18曲が作曲されている。 通常はグレゴリオ聖歌と歌われるものであるが、その歌詞に基づくもの。 聖書、エレミア書、詩篇、ヨブ記、イザヤ書からイエスの受難のさまざまな情景が歌われる。 グレゴリオ聖歌は、悔恨でのたうつように歌われるが、ビクトリアは、悲しみの歌詞... ...続きを見る

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2015/01/01 08:37
★ヴィクトリア      レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。 「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と。 レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろうか... ...続きを見る

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2014/12/31 07:56
★ヴィクトリア     「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された。 レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしまうほ... ...続きを見る

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2014/12/30 07:18
★バード     「アヴェ ヴェルム コルプス」
「アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)」といえば、モーツアルトの曲が合唱などで必ず歌われ有名であるが、バード(英1543-1623)の曲もすばらしい。 アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)というのは、カトリック特有の聖餐のパンとぶどう酒がキリストの体に変わるという秘蹟を祝う歌である。 おおもとのグレゴリオ聖歌は、最後に「ああ、愛するイエス、あわれみ深いイエス、マリアの御子イエス」と歌う時、子供のようなかわいらしさがある。 十字架にかけられ... ...続きを見る

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2014/12/29 07:51
★W.バード     「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。 最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2014/12/28 08:07
W.バード  モテット「より良き生活のうちにEmendemus in melius」ほか
バードのアンセムやモテットについては、「Sing joyfully unto God 」「turn our captivity」)「アヴェ ヴェルム コルプス」をとりあげたが、 ほかに注目すべきモテットとしては「Sing joyfully unto God 」と同類の明るさをもった「聖にしてほむべきものLaudibus in sanctis]がある。 また、懺悔と祈りのモテットとしては、「より良き生活のうちにEmendemus in melius」「嘆き嘆くだろうplorans plor... ...続きを見る

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2014/12/27 07:51
★W.バード  アンセム「捕われ人を連れ帰ってくださいturn our captivity」
W.バード(英1543-1623)のアンセム(イングランド国教会の礼拝の短い合唱曲)については、「Sing joyfully unto God」を取り上げたが、 「捕われ人を連れ帰ってくださいTurn our captivity 」(詩篇第126 編)も印象に残る作品である。 悲惨なバビロンの幽閉から帰還する喜びが「they shall come with jollity」という効果的な繰り返しの中で、表現されている。 「涙とともに種撒く人は、喜びの歌とともに刈り入れる」といったこの詩... ...続きを見る

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2014/12/26 07:31
W.バード   アンセム「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto Go
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。 特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答える」という... ...続きを見る

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2014/12/25 07:57
★W.バード   「グレイト・サービス(大礼拝曲)」
W.バード(英1543-1623)に、イギリスの国教会のために書かれた英語の典礼曲「グレイト・サービス(大礼拝曲)」がある。 早祷の<ヴェニテVenite>,<テデウムTe Deum>,<ベネディクツスBenedictice>,晩祷の<マニフィカトMagnificat>,<ヌンク・ディミティスNunc Dimittis,そして<クレドCredo>からなる。 未だ国教会の礼拝式が定まっていない頃の作品であるが、5声部にわかれている。出だしのVenite,から美しいハーモニーを聞くことが出来... ...続きを見る

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2014/12/24 07:40
★W.バード    「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Britain isle)
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、 「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと 、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。 「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。 また、「キリストは蘇りChrist ris... ...続きを見る

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2014/12/23 07:53
★コヴェントリ・キャロル     「ラリ ルラ、小さき子よ」「ララバイ(子守唄)」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、 「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、 「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 いずれも単なる子守唄ではなく、マタイ伝に出てくるがヘロデ王がベツレヘムで行ったという大規模な幼児虐殺事件を描いていて、イエスの降誕に伴う幼児への鎮魂歌である。 子守唄のやさしさのなかに、母親の悲しみが広が... ...続きを見る

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2014/12/22 07:43
プリマヴェラ  マドリガ-レ & パレストリーナ ミサ「Nasce la gioia mia(私の
プリマヴェラ(Giovan Leonardo Primavera伊1540-1585)は、イタリアのマドリガーレの作曲家で、ジェズアルドとも親交があった人であるが、 その作品は、「Nasce la gioia mia(私の喜びが生まれる」以外よく知られていない。 パレストリーナ(伊1525-1594)がプリマヴェラのこのマドリガーレを基にパロディ・ミサを作ったことで知られている。 このマドリガーレは、「美しい太陽をみつめるといつも喜びが生まれる」といったもので、プリマヴェラ(春という意... ...続きを見る

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2014/12/21 08:30
★ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。 悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にし... ...続きを見る

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2014/12/20 08:21
★ラッスス 「レクイエム(5声)」
ラッスス(フランドル1532-1594)については、モテトゥス、ミサを取り上げてきたが、レクイエムも素晴らしい。 ラッススのポリフォニーには、ナチュラルな美しさがある。 湧き出る泉の音をいつまでも聞いているような魅力がある。 「レクイエム(5声)」は、グレゴリオ聖歌の「レクイエム」とポリフォニーによる声楽部が交差して歌われ、声楽部は常にグレゴリオ聖歌の定旋律を用いてポリフォニックに展開されていく。 ラッススには4声の「レクイエム」もある。 ...続きを見る

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2014/12/19 07:35
★ラッスス モテトゥス「シオンよ、救い主をたたえよ」
「シオンよ汝の救い主を讃えよ」Lauda Sionは、グレゴリオ聖歌のセクエンツィア(続唱)の一つ。 この曲をベースにラッスス(フランドル1532-1594)が作曲した6声部のモテトゥス。 もとの聖歌にとらわれず、自由に作曲している。 この曲の言葉は、聖トマス・アクイナスによるものであるが、聖歌は聖体の祝日に歌われる。 ラッススのこの曲は20分以上、4部の言葉を歌いついで行くのだが、全く飽きることがない。 ポリフォリーの快い響きの中で音の流れに心を委ねることが出来る。 ...続きを見る

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2014/12/18 07:50
★ラッスス  モテトゥス「音楽は神の贈り物」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 「音楽は神の贈り物」は6声部のモテトゥスであるが、ポリフォニーに深みがあり、調和のとれた美しい曲で、題名にふさわしい。 歌詞は「音楽は最高の神の贈り物であり、人を感動させ、神をも感動させる、音楽は激しい心を和らげ、悲しい気持ちを励ます。 音楽は樹木さえ、また、恐ろしい野獣をさえ感動させる」というもの。 日々古楽を聞く我々にとっても、音楽はまさに神の贈り物である。 ...続きを見る

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2014/12/17 07:36
★ラッスス  ミサ「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」
オルランドゥス・ラッスス(フランドル1532-1594)の宗教曲野中で、ここで取り上げるミサ曲「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」は、ラッスス自身が作曲した旧約聖書「雅歌」の第1章「ソロモンの雅歌」に基づくモテトゥスのパロディ・ミサである。 原曲そのものは地味であるが、音の流れ、変化が微妙で多彩で美しい響き聞き取ることが出来る。 パロディ・ミサとしては、このほか「途方にくれてPusque j'ai perdu」がある。 当時流行したシャンソンをもとにしたもので豊かなポリフォニ... ...続きを見る

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2014/12/16 07:56
★ラッスス 宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」
ラッスス(フランドル1532-1594)の宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」は、ラッススの「白鳥の歌」である。 「ペテロの涙」は、すばらしい曲であるが、詩の比重が大変大きい。 タンスイッロという人の詩であるが、イエスの予告どおり主を裏切ったペテロの苦しみ、果てしない痛みが、どこまでもペテロの心を突き刺してゆく。 「死への恐れのために私は生を拒んだ」「まことの命を拒んだ私はもう生きている理由はない」と。 この曲は、重唱とリコーダ中心のアンサンブルが一体となって素晴らしい雰囲気を作り出... ...続きを見る

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2014/12/15 07:28
★ラッスス    「主よ、御身の怒りにて(懺悔詩篇曲)」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 この詩篇曲は、詩篇6を作曲したもの。詩篇6は詩篇5と対になっていて、5は「他者弾劾の詩」、6は「自己弾劾の詩」といわれる。 確かに「他者弾劾」だけでなく「自己弾劾」もしているが、まだニーチェの言うルサンチマン(弱者が強者に抱く怨念)を感ずる詩篇でもある。 自他に対する神の怒りを恐れる気持ちを静かに乗せて曲は流れてゆく。 ...続きを見る

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2014/12/14 08:23
★パレストリーナ  「スタバトマーテル」
ペルコレージの「スタ-バト・マーテル」が有名だが、パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲も美しい。 カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるようにという要請もあり、パレストリーナの曲は、調和して響き過ぎて眠くなってしまうようなところがある。 しかし、この「スタ-バト・マーテル」は調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそらく聖母の極限の悲しみというべきの詩との緊張感が持続しているからであろう。 ...続きを見る

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2014/12/13 08:23
★パレストリーナ    モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとりで」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。 敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。 愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。 喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい... ...続きを見る

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2014/12/12 07:41
★パレストリーナ 「祝福されし聖母のミサMissa de Beata virgine(4声)」
パレストリーナ(伊1525-1594)のこのミサ曲は、下記のように、単旋律聖歌の聖歌をはさんだ構成になっている。 カウンタテナーの美しいソロのあと、4声のポリフォニーが豊かな調和した響きを聞かせる。 広く高く天に響く空間を作り出す。 大変聞き応えがある。 特に最後のアニュス・デイの美しさは格別。 ...続きを見る

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2014/12/11 06:54
★パレストリーナ ミサ「ロム アルメ」
という曲をいろいろな作曲者が書いている。 ロム・アルメ L'homme armeは、「戦士」という意味だが、この題名で歌われてきたフランス語の世俗曲があり、その歌の旋律を素材に書かれている。 デュファイ(フランドル1400-1474)が、この歌を定旋律として全楽章を作曲する「循環ミサ」を始めて作って以来、デュファイに触発された形で、オケゲム、ビュノワ、デ・プレ、パレストリーナなど多くの人が作っている。 パレストリーナ(伊1525-1594)のこの曲は、4声であるが、ポリフォニーの美しさ... ...続きを見る

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2014/12/10 08:00
★パレストリーナ 「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」(聖母被昇天のミサ)
パレストリーナ(伊1525-1594)のミサは、既にその代表作「教皇マルチェルスのミサ」を紹介したが、 「ミサ・アスンプタ・エスト・マリアMissa Assumpta est Maria」は晩年に書かれた最も優れた作品といわれる。 同題のグレゴリオ聖歌をもとにパレストリーナ自身が作曲した多声のモテトゥス「アスンプタ・エスト・マリア」を、そのままミサに転用したパロディ・ミサである。 グレゴリオ→モテトゥス→ミサと続けて聞いてゆくと大変色彩豊かな世界が広がってゆく。 ミサは特に、キリエと... ...続きを見る

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2014/12/09 07:50
★パレストリーナ  「ミサ・ブレビス」
パレストリーナ(伊1525-1594)のミサで、「教皇マルチェルスのミサ」「ミサ・アスンプタ・エスト・マリア」のほかに、「ミサ・ブレビス」も魅力的である。 よく合唱団でも歌われるようだ。 「ミサ・ブレビス」は、[Short mass」という意味であるが、通常ミサの定例文は特に省かれてはいないが、ルターのプロテスタントに対抗するために、ポリフォニーの複雑化を避け、単純、明快でコンパクトな仕上がりになっている。 また、パロディ・ミサのように元になる旋律も明確には特定されないようである。 ... ...続きを見る

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2014/12/08 07:28
★パレストリーナ    「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナの代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。端正で明るく、透き通るような美しさがある。 ...続きを見る

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2014/12/07 08:15
★シェッパード 詩篇モテトゥス「僕らよ、主をたたえよ」
ジョン・シェッパード(英1515-1558)は、タリスやタイと同時代に活躍したが若くして世を去っている。 タヴァナー、タイとともに同題名のミサ曲を作っているが、他にも教会音楽家として多くのモテトゥスを作っている。 ここで紹介するのは詩篇112「僕らよ、主をたたえよ」に基づくモテトゥス。 詩篇は、その内容とも関連するため、詩が効果的に歌われる要素が必要になる。 この曲は、詩篇の偶数節のみ多声化され、奇数節の単旋律と交互に歌われる。 単旋律から多声化するときの,その音の深まりと広がりが... ...続きを見る

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2014/12/06 10:15
★ローレ  マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのミサ曲やモテトゥスのほか、世俗曲も作曲している。 マドリガーレ「軽やかな響きを生み出すカラムスは」のカラムスは芦笛のこと。 低音のみで歌われ、こころの奥深い悲しみを半音階の動きにより劇的に表現する印象に残る一曲 ...続きを見る

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2014/12/05 07:50
★アントニオ・デ・カベソン  シャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラ」、ティエント第3番
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 )については、「ディファレンシアス」を紹介したが、 ネーデルランドのトマス・クレキヨンが作曲したシャンソン「ドゥー・ヴィアン・スラD'ou vient cela(それはどこから来た?)」をもとにした・カベソンの変奏曲が、大変美しい。 トマス・クレキヨンは、カール5世に仕えた宮廷音楽家で「あなたを勝利者と呼べるのは誰か」などのモテトゥスがある。また,カベソンには「ティエント」(スペインのオルガンの楽曲形式)の連作があるが、特に3番が印象的。 ...続きを見る

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2014/12/04 06:49
★ローレ  ミサ曲「万物の連なりを超えて」(ジョスカンのモテトゥスのパロディミサ)
チプリアーノ・デ・ローレ(フランドル1515-1565)は、ジョスカンの後継者であるとともに、ヴェネティアのヴィラールトの後継者でもある。 さらに彼は後続のモンテヴェルディに影響を与えている。 多くのモテトゥスを作曲し魅力的な作品が多いが、ジョスカンのモテトゥス「万物の連なりを超えて」によるパロディミサが素晴らしい。 ジョスカンの原曲が傑出していることもあり、長いミサ曲なれど飽きが来ない。 ジョスカンの原曲が2部に分かれていて、それらの旋律がミサ曲の各楽章に配列され、深いまとまりを持... ...続きを見る

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2014/12/03 07:31
★アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレン... ...続きを見る

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2014/12/02 07:48
★クレメンス・ノン・パパ モテトゥス「我はシャロンの花なり」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 前回モテトゥス「父よ、我は天に対し」をとりあげたが、「我はシャロンの花なり」(7声)「羊飼いらは互いに語れり」(5声)なども印象に残る作品である。 特に「我はシャロンの花なり」は7声で、高低の幅・深みもあり、雅歌の詩と重なって美しく響く。 ...続きを見る

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2014/12/01 07:38
★クレメンス・ノン・パパ  モテトゥス「父よ、我は天に対し」
ヤコブ・クレメンス・ノン・パパ(フランドル1510-1555)は、フランドルの16世紀初頭のジョスカンから16世紀後半の大家ラッススをつなぐ一人。 本名は、ヤコブ・クレマンというが、教皇クレメンス7世と区別するために付け加えた通称という説がある。 パロディ・ミサ曲など先駆的な作曲をしているが、モテトゥスやシャンソンなど多く作曲している。 モテトゥス「父よ、我は天に対し」は、珍しく聖書の放蕩息子の物語から題材をとった作品。 放蕩息子が、父に対し「息子の資格はない。労働者の一人として働か... ...続きを見る

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2014/11/30 08:21
★アルカデルト  マドリガーレ「白く優しい白鳥」
ヤコブ・アルカデルト(フランドル1505-1568)は、アヴェ・マリアで有名だがヴェルドロとともにイタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をした作曲家である。 イタリア気質をうまくとらえてフランドル楽派の作曲様式とうまく融和させた。 「白く優しい白鳥」はその代表作品。 「おお、幸福な私の目」などとともに、ヴィオールの器楽を交えた多声の、旋律の豊かさに加え、洗練と素朴を兼ね備えた展開に魅了される。 アルカデルトは、あの大芸術家ミケランジェロとも交流があり、彼の詩をマドリガー... ...続きを見る

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2014/11/29 08:18
★タイ  モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家。 「西風のミサ」、ミサ曲「シネ ノミネ」などミサ曲のほか、モテトゥス「全ての民よ、手を打ち鳴らせ」も大変充実感を覚える曲である。 歌詞は祝典的な内容の詩篇46の作曲であるが、ミサ曲「シネ ノミネ」と同じように、5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開する。 ...続きを見る

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2014/11/28 07:45
★タイ  ミサ曲「シネ ノミネ」
クリストファー・タイ(英1505-1572)は、タリスやシェッパードと同時代に活躍したオルガニスト・作曲家。 ミサ曲「シネ ノミネ(「名前のない」という意味)」は、5声で、英国独自のソールスベリー典礼にしたがって、<グローリア>、<クレド>、<サンクトゥス>、<アニュス・デイ>の4章でキリエはない。 5声のそれぞれの音が広く、深くダイナミックに絡み合って展開し、大変充実感を覚える。 特に<サンクトゥス>、<アニュス・デイ>と進むに従い、ハーモニーがより洗練され美しくなってゆく。特に<ア... ...続きを見る

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2014/11/27 07:04
★タリス 「4声のミサ」
タリス(英1505-1585)といえば、「エレミア哀歌」や数々の「モテット」が聞き応えあるが、「4声のミサ」も、4声の比較的シンプルなまとまりの中で快いハーモニーが展開する。ゆったりした流れに美しいささやきが交叉する。 特にグローリア、クレドが美しい。 ミサ曲の心地よい響きは、人間の(和声的)肉体に神が音として受肉する」(ウイルフリッド・メラーズ)ことであり、ポリフォニーはより深い表現を作り出す。 ...続きを見る

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2014/11/26 07:29
★トーマス・タリス    「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。 原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、ホワイト(英1938-1574)やパレストリーナ(伊1... ...続きを見る

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2014/11/25 08:09
★トーマス・タリス   モテット「祭祀たちは食を断ち」、アンセム「If ye love me
トーマス・タリス(英1505-1585)は、「エレミア哀歌」で有名である。 バード(英1543-1623)とともに、エリザベス1世時代、カトリックから英国国教会のために、ラテン語から英語を用いて音楽を作ることを要請された時代の作曲家である。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲で、英国国教会版モテットのことである。 彼のラテン語によるモテットにすばらしいものがある。 「祭祀たちは食を断ち」「神に従わない者は」「わが罪を消し去りたまえ」など悔悛モテットは... ...続きを見る

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2014/11/24 07:48
★モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」等
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)はミサ曲「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」を取り上げたが、モテトゥスにおいても素晴らしい曲が多い。 すべてに劇的な表現力と抑制の調和が実現されている。 なかでも、「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」が一層心に滲み込んでくる。 「より良き生活のうちに」は、歌詞が、「人間は,埃から生まれ死して埃に返るにすぎない存在である。」打ち砕かれた謙虚な心こそが人間にふさわしいと悔い改めを求める。 「羊飼いたちよ、語れ」は「キリストのご誕生を... ...続きを見る

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2014/11/23 08:18
★ルイス・デ・ナルバエス  「はかりしれぬ悲しさ(ミル ルグレ)」
ルイス・デ・ナルバエス(西1500-1560)はビウエラ(古楽器:リュートのような弦楽器)の奏者でカール5世(カルロス1世)にカベソンなどとともに仕えた宮廷音楽家。 ...続きを見る

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2014/11/21 07:33
★ニコラ・ゴンベール「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」
  「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」はモラレスでも紹介したが、ニコラ・ゴンベール(フランドル1495-1560)も、ジョスカンのこの曲を巧みに編曲している。 器楽演奏によるものだが、ジョスカンの弟子として原曲のシャンソンを新たな曲として蘇らせるとともに、聖職者として罪を犯してしまった人の悲しみが切々と伝わってくる。 スペインのトレド大聖堂の「セビーリアの聖イシドロの祭礼のミサ」でモラレスは、自らのミサ曲「ミル・ルグレ(千々の悲しみ)」とともにゴンベールのこの曲を編入している。 ...続きを見る

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2014/11/20 06:53
★ニコラ・ゴンベール   モテット「命半ばにわれら死ぬ」「ムーサたちよ嘆け」
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死を与... ...続きを見る

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2014/11/19 07:35
★ジョン・タヴァナー   ミサ曲「グローリア・ティビ・トリニタス」
ジョン・タバナー(英1490-1545)は、「西風のミサ」で既に紹介した英国16世紀前半の最も重要な作曲家の一人。 まだ英国がカトリック国だった時代の最後の作曲家である。 「グローリア・ティビ・トリニタス(三位一体)」は、聖三位一体の大祝日に歌われるグレゴリオ聖歌であり、それを定旋律としたミサ曲である。 この曲を有名にしているのは、この曲の「ベネディクトゥス」のなかの「イン・ノミネ(In nomine)」の部分が、後続の英国の作曲家によって器楽曲に編曲されていったことによる。 パーセ... ...続きを見る

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2014/11/18 07:46
★ジョン・タヴァナ-  「西風のミサ曲」
ジョン・タヴァナ-(英1490-1545)は、ヘンリー8世とクロムエルが英国国教会を成立させたころの音楽家である。 「西風のミサ曲」は、「西風」という俗謡を定旋律としたパロディミサで、「西風」は、春の訪れを意味する、いわば「春風」。 「キリスト様、俺の腕に恋人がいて、それがベッドの中だといいんだが」というような歌詞で、ミサ曲の土台にするにはなかなか大胆な試み。 だからか、曲も明るく、美しい。 「西風のミサ曲」は、タヴァナ-の後、同じ定旋律で、タイ(英1505-1572)、シェパード(... ...続きを見る

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2014/11/17 07:38
★ヴィラールト   モテトゥス「めでたし、天の女王」「主がシオンの囚われを」
アドリアン・ヴィラールト(フランドル1490年頃 - 1562年)は、フランドル出身だが、イタリアに移住してフランドル楽派のポリフォニー様式を同地に定着させたヴェネツィア楽派の開祖。 ジョスカンの死からパレストリーナの時代の到来までの間、ヨーロッパ中で最も影響力のある音楽家といわれている。 「聖マルコ寺院楽長」であったヴィラールトは、ヴェネツィア楽派の特徴である分割合唱様式を開拓し、詩篇などの宗教曲を2つの交代しあう合唱のために作曲し、演奏した。 モテトゥス「めでたし、天の女王」「主が... ...続きを見る

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2014/11/16 08:11
★ジャヌカン  シャンソン「鳥の歌」「狩の歌」「女のおしゃべり」
クレマン・ジャヌカン(仏1485-1558)はフランスの世俗歌謡シャンソンの作曲家であるが、 言葉に鳥や動物の擬音や擬態語を取り入れるとともに、市民の日常生活を描写した歌を作り出していて、その独特でダイナミックな音の世界に圧倒される。 「鳥の歌」「狩の歌」など鳥、動物と言葉の混成体が、四声の複雑な音の組み合わせで展開するその技は神がかりでさえある。 無条件に面白いし、この時代にこのような優れた労作が数多く作り出されていたことにただただ驚くばかりである。 ...続きを見る

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2014/11/15 07:47
★ガスパロ・アルベルティ ミサ「イタリア・ミア」の「アニュス・デイ」
Gasparo Alberti(伊1485-1560)は、イタリアにおけるパレストリーナより少し前の世代のミサ曲や宗教曲の作曲家で、伝統的なポリフォニーを基としながら、新しい手法も追求したといわれる。 合唱を場所を切り離してステレオ効果を出す分割合唱の試みを受難曲の一部で始めた人といわれる。 (この分割合唱様式ついては、ヴェネティアでヴィラールト(フランドル1490年頃 - 1562年)が開拓したと言われる。) ...続きを見る

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2014/11/14 07:44
★ヴェルドロ   マドリガーレ「わがイタリア」
フィリップ・ヴェルドロ(フランドル1480-1552)は、イタリアの多声世俗歌曲マドリガーレの成立に大きな貢献をなした人である。 いずれもイタリア人ではなくフランドルの出身であるヴィラールト、アルカデルト、デ・ローレなどとともに、イタリアの世俗歌曲を多声化していった。 ヴェルドロの「わがイタリア」は、その初期マドリガーレの5声の作品である。 1527年に起こったローマの劫掠(ごうりゃく)を歌ったものといわれている。 低音のハーモニーが悲しみの深さを伝える。 なお、ヴェルドロには、ア... ...続きを見る

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2014/11/12 07:36
★ジャン・レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。 聖と俗... ...続きを見る

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2014/11/11 07:40
★W. コーニッシュ  モテトゥス「スタバト・マーテル」
W.コーニッシュ(英1465-1523)はルネッサンス初期作曲家。 世俗曲もすばらしいが、宗教曲であるモテトゥスも聞き応えのある作品を作っている。 「サルヴェ・レジーナ」「キリストの母なる処女よ、喜べ」など美しい曲があるが、「スタバト・マーテル」が傑作である。 装飾的なパッセージと簡単なパッセージの繰り返す対比と幅広い音域が、多くの連なる山脈を俯瞰するような壮大で美しい流れを作り出している。 ...続きを見る

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2014/11/10 07:28
★W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロル)
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 ...続きを見る

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2014/11/09 09:25
★ブリュメル ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」「エレミア哀歌」
アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 しかし、ミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」、および「エレミア哀歌」を聞く限り、素晴らしい作曲家であることが分かる。 特にミサ曲「見よ、大地が大きく揺れ動き」は、12の声部の複合唱技法が巨大な和音となって鳴り響き、おおきな森を感じさせる傑作である。 多が一で一が多であるような。 また、エレミア哀歌も、なにげ... ...続きを見る

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2014/11/08 08:11
★ラ・リュ-  モテトゥス「めでたし女王、哀れみ深きみ母Salve regina」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 グレゴリオ聖歌の旋律とテキストをベースにした多くの作品の中で、「Salve regina」は、ラ・リュ-の作品のなかでも美しい小品。 このほか「おお乙女、キリストのみ母よGaude virgo,mater Christi」等もさまざまなポリフォニー、ホモフォニックな要素を楽しめる。 ...続きを見る

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2014/11/07 07:29
★ラ・リュウ  「レクイエム」
ラ・リュ-(フランドル1460-1518)の「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。 音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。 彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。 ...続きを見る

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2014/11/06 08:38
★オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出来る。 ...続きを見る

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2014/11/05 07:24
★イザーク 使徒のミサ曲(Missa de Apostolia)
ハインリッヒ・イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 「使徒のミサ」は、6声の重厚な曲である。 使徒の祝日に歌われるグレゴリオ聖歌に基づいて、単旋律聖歌とポリフォニーが、セクションごとに交互に歌われるように作曲されている。 1500年頃、ドイツ・オーストリアの習慣だったようであるが、聖歌を確認しながらその展開を楽しむことが出来る上に、厚みと深みのある壮大な宇宙空間に共鳴する世界に心を委ねることが出来る傑作である。 (これまた当時... ...続きを見る

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2014/11/04 07:58
★イザーク  モテトゥス「あなたはまったく美しい」「至高なる羊飼いよ」
 イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。 厚みと深みのあるこれらの音楽は、壮大な宇宙空間に共鳴する調和の世界を作るが、曲が長くなると惰性とも言うべき単調さが出てくる。 その点、「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に向かい... ...続きを見る

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2014/11/03 08:00
★イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」(シャンソン)
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。 何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2014/11/02 08:08
ジョスカン  モテット「Memor esto verbi tui(御身の下僕へのみ言葉を思い出したま
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)このモテットは、詩篇119によるもの。 詩篇119は一番長い詩篇で、そのなかで41-64までの部分が歌われる。 「Memor esto verbi tui(御身の下僕へのみ言葉を思い出したまえり)」というこの言葉に、当時ジョスカンが仕えていたルイ12世に聖職録を要求する意味が込められていたというエピソードがあるそうであるが、それはともかく、詩の意味は「神のことばを忘れ、罪を侵しおろかになりやすい我々に、常に神の御言葉を常に忘れさせない... ...続きを見る

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2014/11/01 07:55
ジョスカン・デ・プレ  モテトゥス[神をはぐくむ汚れなきの乙女Ilibata Dei virgo n
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のこのモテトゥス「神をはぐくむ汚れなきの乙女Ilibata Dei virgo nutrix」は、聖母マリアを歌った5声の曲であるが、 最初は2声ではじまりだんだん声が加わってくる多声の妙を楽しむことが出来る。 また、歌詞の各行の頭文字を並べてみると「JOQUIN DES PREZ]というジョスカンの名前の綴りになっている。 歌詞にマリアに対して「御言葉を生みし人」「御身はエヴァの償い」という言葉がある。 ヨハネ福音書の「はじめに... ...続きを見る

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2014/10/31 07:37
★ジョスカン デ プレ  「ミサ」& グレゴリオ聖歌 「めでたし海の星Ave maris
グレゴリオ聖歌 「めでたし海の星Ave maris stella」を定旋律としてジョスカン デ プレが作った4声のミサ曲。 「めでたし海の星Ave maris stella」は、ガリア聖歌を母体としてグレゴリオ聖歌に編入されたといわれている。 歌詞に「罪人のかせを解き放ち、盲人に光を与え、われらの悪を退け、恵みを与えたまえ」とあるように、中世前期のガリア地方(フランス)の野蛮で残酷な時代に人々が柔和な世界を求めたことを反映しているという。 曲は、情感がこもった優しさがあり、デ・プレの... ...続きを見る

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2014/10/30 08:04
★ジョスカン・デ・プレ &  グレゴリオ聖歌 「パンジェ・リングア」
グレゴリオ聖歌 の「パンジェ・リングア」(舌よ主をほめたたえよ)は、賛歌のなかでも「来たれ,造り主なる聖霊よ Veni Cretator Spiritus」と並んで有名で旋律が美しい。 この聖歌の旋律を定旋律として、4つの声部が模倣して展開してゆくミサ曲をデ・プレ(フランドル、1440−1521)が作っている。 クレドの密度の濃い展開に充実感を覚えるとともにアニュス・デイの美しさに喜びを感ずる。 こうした聖歌がポリフォニーとして展開してゆく事例に、西洋音楽の足跡を見る事が出来る。 ...続きを見る

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2014/10/29 07:38
★ジョスカン・デ・プレ   シャンソン「千々の悲しみ」「終わりなき悲しみ」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏したとされる曲。 当時スペインなどで流行していた曲らしく、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。 この曲とは別にジョスカンには、「終わりなき悲しみregretz sans fin」「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある 「終わりなき悲しみregretz sans f... ...続きを見る

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2014/10/28 07:48
★ジョスカン・デ・プレ    「オケゲムの死を悼む晩歌」
デ・プレ(フランドル、1440−1521)の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 ...続きを見る

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2014/10/27 07:26
★ジョスカン・デ・プレ「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 アヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが、デ・プレのは多声音楽だから、ひとつの旋律ではなく、波のように、複数の旋律が調和して聞こえてくる。 マリアに託す多くの人々の祈りの声がそこにあるといった感じだ。 穏やかで平和な時間に満たされる。 ...続きを見る

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2014/10/26 08:06
★オケゲム  ミサ「武装した人」
ミサ「武装した人」は、デュファイ(フランドル1400-1474)が、この歌を定旋律として全楽章を作曲する「循環ミサ」を始めて作って以来、デュファイに触発された形で、ビュノワ(Antoine Busnoisフランドル1430頃-1492)をはじめ、、デ・プレ、パレストリーナなど多くの人が作っている。 オケゲムのこの曲には、彼ならではの、温かくまろやかな響きに心を奪われる。 現代人の冷え切っている心の部分を癒す何かがあるのだろうか。 ...続きを見る

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2014/10/25 07:53
★オケゲム  世俗曲「口には笑みを湛え」「死よそなたは矢で傷つけてしまった」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)については、ミサやモテトゥスを取り上げたが、世俗曲も沢山作っていて、名曲が多い。 「口には笑みを湛えMa bouche rit」は、愛を歌ったもので当時愛好された歌のようである。 また「死よ そなたは矢で傷つけてしまったMort,tu as navre」は、オケゲムの先輩であるバンショワ(5参照)の死を悼んで書かれた挽歌であるが、「死が矢で傷つける」、「音楽が黒衣を身にまとう」といったユニークな詩が4声の深い響き... ...続きを見る

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2014/10/24 07:43
★オケゲム ミサ曲「ミサ・プロラツィオーヌム」
オケゲム(フランドル1410-1497)のミサ曲《ミサ・プロラツィオーヌム(種々の比率のミサ曲)Missa Prolationum》は、比例カノンを用いた驚異的な作曲技法によるものとして知られる。 ヨーロッパの音楽は、ピュタゴラス以来、調和する音の比率が、宇宙の調和の原理でもあるとされ、音楽、数学、天文学等が密接に結びついていた。 この音楽は、森の中に鳴りひびく音楽のようであり、オケゲムは、天球の音楽をイメージしていたのかもしれない。 ...続きを見る

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2014/10/23 07:26
★オケゲム「ミサ・プレスク・トランジ」(通称<ミサ・ミ・ミ>)
オケゲム(フランドル1410-1497)の「ミサ・プレスク・トランジPresque transi」(通称<ミサ・ミ・ミ>)も最高傑作のひとつ。 ...続きを見る

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2014/10/22 07:33
★オケゲム  モテトゥス「けがれなき神の母Intemerata Dei Mater」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)の聖母に関するモテットのひとつであるが、曲が大変美しい。 5声で歌われる。楽園を追われた人間の、「過渡的な存在」から天国という「永遠への国」への復帰という切なる願いは、やがて死に至る人間の深い祈り。 カトリックの特有の文化であるが、罪深きエヴァの子である人間は、イエスへのとりなしをけがれない聖母マリアに哀願する。 ...続きを見る

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2014/10/21 07:52
★オケゲム 「レクイエム」
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放され... ...続きを見る

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2014/10/20 07:45
バンショワ「いつまでもやはり」(シャンソン)とオケゲム「ド・ブリュ・ザン・ブリュ」(パロディ・ミサ)
デュファイやバンショワ(フランドル1400-147604)、オケゲム(フランドル1410-1497)といった15世紀のフランドル地方の作曲家は、中世の宗教色の強い音楽を、世俗曲やそのパロディミサによって音楽におけるルネッサンスを確立していった。 その好例がこのバンショワの「いつまでもやはり」(シャンソン)をもとにオケゲムがミサにしたものである。 「いつまでもやはり」は、「美しい奥方が忘れら得ない」という愛の歌であり、それを素材にしたオケゲムのミサは、底抜けに明るい。 ...続きを見る

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2014/10/19 08:29
★ギョーム・デュファイ   「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」
デュファイ(フランドル1400-1474)の「パドヴァの聖アントニウスのためのミサ曲」は、長い間、デュファイの作品かどうか真偽が問題になっていたようである。 ともあれ、この素朴とも言うべきこのミサ曲は、心がほぐれてくる。 マーラーの声楽曲「少年の魔法の角笛」になかに「魚に説教するパドヴァのアントニウス」という歌があり、魚たちも説教を聞きにくるという聖人讃歌である一方、説教に集まった魚たちは終わった途端にそれを忘れてしまうというユーモラスな歌で、自己満足を象徴する似非聖人を揶揄する面もある... ...続きを見る

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2014/10/18 07:49
★ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、 数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。 現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である。 ...続きを見る

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2014/10/17 07:37
ギョーム・デュファイ Antiphona(交唱)「Alma Redemptoris Mater(救い
この曲は、グレゴリオ聖歌「Alma Redemptoris Mater(救い主を育てた母)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したもの。 グレゴリオ聖歌自体美しい曲であるが、それをベースにさらに魅力あるものに作られている。 音階を踏んでゆくような出だしは原曲が生かされ、エンディングの静かにゆっくり音と言葉を確かめてゆながら終息する流れは祈りにまことにふさわしい。 「倒れ起きんとするを助けたまえり」と祈る。 (なお、Antiphona(交唱)とは... ...続きを見る

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2014/10/16 07:57
★デュファイ   イムヌス(賛歌)「Conditor alme siderum(造り主なる主)」
この曲は、グレゴリオ聖歌「Conditor alme siderum(造り主なる主)」を、デュファイ(フランドル1400-1474)が、3声のポリフォニーに展開したシンプルなもの。 待降節に歌われるもので、これを基にした賛美歌(賛美歌21-228番)もある。 神を賛美する簡単な歌詞にすぎないが、繰り返し歌い継がれてきた素朴さがある。 このPlain chantを、デュファイが、居合わせた数人で合唱して気持ちを分かち合えばよいように作ったのではないかと思われるような曲で、繰り返し聞きまた... ...続きを見る

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2014/10/15 07:35
★作者不詳&デュファイ   「ミサ・ロム・アルメ]
という曲をいろいろな作曲者が書いている。 ロム・アルメ L'homme armeは、「戦士」という意味だが、この題名で歌われてきたフランス語の世俗曲があり、その歌の旋律を素材に書かれている。 デュファイ(フランドル1400-1474)が、この歌を定旋律として全楽章を作曲する「循環ミサ」を始めて作って以来、デュファイに触発された形で、オケゲム、ビュノワ、デ・プレ、パレストリーナなど多くの人が作っている。 皆、力作なのだが、どこか退屈なところがある。 原曲の世俗曲「戦士」は大変素朴な歌で... ...続きを見る

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2014/10/14 08:25
★ダンスタブル  モテトゥス「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
グレゴリオ聖歌「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」の歌詞に新しく言葉を加え、ダンスタブルがモテトゥスとして作曲したもの。 グレゴリオ聖歌の旋律にこだわらず自由に作った3声の曲。 優しく淡々と歌われてゆく。 美しい曲だ。 デ・プレにも同題のモテトゥスがあるが、代表的なマリア賛歌だけに、珠玉の作品が多い。 ...続きを見る

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2014/10/13 08:02
ダンスタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte Spiritus/創り主なる
ジョン・ダンスタブル(英1390-1453)は、中世末期イギリスの最大の作曲家といわれ、大陸とイギリスの和声を融合しルネッサンス音楽誕生をもたらした人と言われている。 この曲は、中世音楽の手法である複雑なイソリズム(旋律を反復する一定の繰り返されるリズムに埋め込む手法)を用いている驚異的なモテトウスである。 二つのグレゴリオ聖歌のVeni Sancte SpiritusとVeni creator Spritusと前者の改編した曲に基づく4声を、反復するリズムにまさに埋め込みながら展開させ... ...続きを見る

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2014/10/12 08:13
★モンセラートの朱い本
スペイン・バルセロナ郊外のモンセラート山の黒い聖母像で知られるモンセラート修道院に伝承される14世紀の朱い写本(1399製作)には、巡礼者たちによって歌い踊られた10曲の歌が残されている。 ...続きを見る

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2014/10/11 08:07
★中世イギリスの歌  作者不詳「夏は来たりぬ」他
中世イギリスキャロル「天使がひそかに Angelus ad virginem」などは、14世紀の多声音楽であるが、 まだ多声音楽の中心がフランスにあった13世紀ころに、作者不詳の「夏は来たりぬ」など6声で輪唱による世俗歌がイギリスに存在していた。 音楽史上奇跡に近いといわれている。 民謡風の素朴なリズムが多声で躍動する。 この頃の数々のマリア賛歌の曲なども素朴で温かい。古楽の魅力は、この頃の民衆的な素朴な歌に原泉がある。 「天使がひそかに Angelus ad virginem」は... ...続きを見る

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2014/10/10 07:36
★中世イギリスキャロル 「天使がひそかに Angelus ad virginem」
中世イギリスのキャロルは、民衆の間に歌い継がれてきているもので英語が多いのであるが、この曲は、ラテン語でしかも内容が「受胎告知」というやや硬い歌詞が、素朴なクリスマスキャロルとして歌われる。 ...続きを見る

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2014/10/09 08:11
★ギヨーム・ド・マショー  「ダヴィデのホケトゥス 」
ギヨーム・ド・マショー(仏1300-1377)は、ポリフォニーの本格的なミサ曲を最初に作曲した人である。 一人の作曲家がミサの通常文をすべて作曲する「通作ミサ」の最古のものがマショーの「ノートルダム・ミサ」である。 古楽の黎明期であるゴシック期は、ノートルダム学派(1160-1250)、アルス・アンティクワ81250-1320)、アルス・ノヴァ1320-1380)の3期間に分けられるが、マショーは、アルス・ノヴァの時代の中心的な作曲である。 マショーは、モテトゥスや世俗曲も作っていて、... ...続きを見る

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2014/10/08 07:39
★ゴシック期の音楽 ペロティヌス、クルーチェ、ヴィトリ
多声音楽の始まりは、アルプス以北のフランスといわれる。 ラテン語を外来語とするゲルマン民族がローマのグレゴリオ聖歌をネウマの記譜法によって固定しようとする試みが多声音楽を生み出してゆくきっかけになったといわれる。 (1)「ノートルダム学派」(1160-1250)のレオニヌス、ペロティヌスによるオルガヌム、 (2)記譜法に貢献があったとされるペルスト・デ・クルーチェなどに代表されるアルス・アンティクワ(古い芸術1250-1320))、 (3)フィリップ・ド・ヴィトリの理論に代表されるア... ...続きを見る

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2014/10/07 07:37
★スラヴ典礼音楽 「十字架挙栄祭」「四旬節と復活祭の聖歌」
スラヴ典礼はビザンツ典礼の流れをくむギリシャ正教の典礼である(スラヴ諸国において独自の民族的色彩のもとに発展したビザンツ=スラヴ典礼)。 楽器を使用しない、独特の旋律をつなぎ合わせた旋法という特徴がある。 大地の香りというか、海岸に打ち寄せる静かな波の音を聞くような、豊かでいつまでも聞き入っていたくなるような不思議な典礼音楽である 。歌詞は、典礼だから祈りそのものであるが、祈りがこのような素晴らしい音楽のなかで行われることを大変羨ましく思う。 ...続きを見る

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2014/10/06 07:55
★グレゴリオ聖歌(繰り返し聞きたくなる、歌いたくなる聖歌)
グレゴリオ聖歌(繰り返し聞きたくなる、歌いたくなる聖歌) プロテスタントのコラールのように繰り返し聞いたり謳いたくなる聖歌を挙げてみると下記のようになる ...続きを見る

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2014/10/05 08:10
★グレゴリオ聖歌  リトムス「ベツレヘムに幼な子生まれぬ」、入祭唱「幼子われらに生まれ」
「ベツレヘムに幼な子生まれぬPuer natus in Bethlehem」は、降誕祭の歌であるが,”古い時代のリズム(リトムス・アンティクウス)”と呼ばれるものに属する。 起源は中世の宗教劇にあり素朴で民衆的。 他のグレゴリオ聖歌にはない俗謡的なリズムで楽しく聞くことが出来る。 ...続きを見る

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2014/10/04 08:14
★グレゴリオ聖歌  続唱「めでたし、世の望みなるマリアAve mundi spes Maria」
続唱は、アレルヤ唱に続けて歌うものだが、5曲の続唱を除いて16世紀禁じられた。 ...続きを見る

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2014/10/03 07:33
★グレゴリオ聖歌  聖体賛歌「われは御身を敬虔にあがめ」Adoro te devote
13世紀の聖人トマス・アクィナスによる聖体拝領の祈り「隠れたる神性よ」をテキストにした聖体賛歌。 「パンの形の中に真に在す隠れた神」の歌詞ではじまる。 キリストの血(葡萄酒)と体(パン)をありがたく身体の中に受け入れ神への深い信仰を誓う、というテキストの内容にふさわしい厳粛で敬虔な雰囲気をもっているが、曲は、童謡のような優しさを感じさせる。 ほっとさせてくれる一曲である。 早く覚えて歌いたくなる曲でもある。 ...続きを見る

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2014/10/02 08:08
★グレゴリオ聖歌:賛歌<真実なる十字架 Crux Fidelis>
聖金曜日はイエスが十字架に掛けられた受難の日。 この日の典礼「十字架の崇敬」で歌われる賛歌の一つ。 曲も美しいが、何度も繰り返される次の歌詞がよい。 ...続きを見る

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2014/10/01 07:32
グレゴリオ聖歌:入祭唱<我らは NOS AUTEM>、昇階唱<キリストは我らのためにCHRISTUS
聖木曜日のミサに、最初に続けて歌われる入祭唱と昇階唱の2曲。 聖木曜日は「最後の晩餐」にあたる日である。 ...続きを見る

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2014/09/30 07:51
★グレゴリオ聖歌  セクエンティア「シオンよ汝の救い主を讃えよ」Lauda Sionほか
セクエンティア(続唱)は、全部で5曲ある。 ...続きを見る

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2014/09/29 07:36
★グレゴリオ聖歌  セクエンツイア「ディエス・イレ(怒りの日)」Dies irae
「ディエス・イレ(怒りの日)」は、レクイエム(死者のためのミサ)のセクエンツイア。 「ディエス・イレ(怒りの日)」とは、最後の審判の日のことであるが、ベルリオーズの幻想交響曲の5楽章「魔女の夜宴の夢」やサン=サーンスの「死の舞踏」に「死」をあらわすものとしてこのグレゴリオ聖歌が用いられている。 魂の内面を揺さぶってゆくような陰鬱だが力強いメロディが印象的で、フィギアスケートの浅田真央がオリンピックで滑ったラフマニノフの「鐘」もこの旋律が用いられている。 なお、セクエンツイア(続唱)とは... ...続きを見る

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2014/09/28 08:06
★グレゴリオ聖歌  続唱「過越のいけにえを」 Victimae paschali laudes
この曲は復活祭のときに歌われる有名な続唱。 続唱というのはアレルヤのあとに続けて歌われる曲という意味であるが、現在、認められている続唱は5曲しかなく、これはそのひとつ。 イエスの復活後に弟子たちと婦人たちが一同に集まって喜びを語り合う場面がモチーフになっている。 この曲は、ルターが旋律を改編してコラール「キリストは死の縄目につながれたり」を作り、これが後にバッハの有名なカンタータ4番となる。 カンタータ4番「キリストは死の縄目につながれたり」は、死と生命が戦い、生命が死を呑みつくすと... ...続きを見る

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2014/09/27 07:54
グレゴリオ聖歌  賛歌「来たれ,造り主なる聖霊よ Veni Cretator Spiritus」
グレゴリオ聖歌のなかでもっとも有名な賛歌である。 聖霊降臨の祝日に歌われる。新約聖書(使徒行伝)2章1節〜42節)にあるエピソードの1つで、イエスの復活・昇天後、祈っていた使徒たちの上に神から聖霊が降ったという出来事を記念するもの。 「感覚に光をともし、心に愛を注いでください。私達の体の弱さを永遠の力で強めながら」という歌詞がある。罪により、神を信じられなっている心、隣人を愛せなくなっている心、臆病になっている心を鼓舞する聖霊への期待が歌われる。 ...続きを見る

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2014/09/26 07:32
★グレゴリオ聖歌  「サルヴェ・レジーナSalve,Regina」
代表的な聖母マリア賛歌には、「サルヴェ・レジーナ めでたし元后 Salve,Regina」のほか、[天の元后 Ave Regina Caelorum」「救い主を育てた母Alma Redemptoris Mater]「天の元后、喜びたまえRegina Caeli]の4曲あり、いずれも聖務日課の終課で歌われる。 中でもとりわけ美しいのが「サルヴェ・レジーナ」である。 題名は「幸いなるかなお后さま、哀れみ深い母」というような意味であるが、歌詞は、放浪の罪深きエヴァの子(つまり我々人間が)が、マ... ...続きを見る

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2014/09/24 07:35
★グレゴリオ聖歌  クリスマス聖歌<4つのイムヌス(賛歌)>
グレゴリオ聖歌は癒しの音楽といわれるが、何度も聞きたくなる歌というのは必ずしも多くない。 なかでも、クリスマスの聖務日課で歌われる、次の4つのイムヌス(賛歌)は、すべて優しい響きの歌ばかりでジワーとした喜びが湧いてくる。 4行毎の詩を、同じ旋律で展開してゆく単純なものであるが、同じ旋律で繰り返すため歌は覚えやすく、繰り返しているうちに日常とは異なった時間にいつの間にか入ってゆく。 歌詞も「御子は飼葉桶もいとわず、干草の上に横たわりたまい、わずかな乳にて育てたまいぬ、鳥が飢えることなきよ... ...続きを見る

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2014/09/23 08:13
★ダウランド  リュート曲「涙のパバーヌ」「サー・ヘンリ・アンプトンの葬送」など
ジョン・ダウランド(1563-1626)は、バードともに英国におけるルネッサンス音楽の代表的作曲家である。 主にリュート曲が中心。 とりわけ有名なのが、「涙のパヴァーヌ(Lacrimae)」で、世俗歌「Flow my tears(流れよ我が涙)」を器楽用に作曲したもの。 ダウランドのリュートの曲には、「ダウランドの涙」「常にダウランド、常に悲しき」など「つねに悲しむ」をモットーとする作曲家である。 人間は、基本的に孤独であり、常に悲しい存在である。 ダウランドの曲は、そんな人間の常... ...続きを見る

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2014/05/11 08:30
★ドゥアルテ・ロボ    「レクイエム」
ドゥアルテ・ロボ(ポルトガル(1565-1646)は、ヴィクトリア(西1548-1611)の影響下にあった隣国ポルトガルにおけるポリフォニーの第一人者である。 彼の「レクイエム」はヴィクトリアの「死者のためのミサ曲」に劣らず、まことに美しい。 彼らは、日本にキリスト教が伝えられた頃の作曲家である。 当時、日本人の間でキリスト教が、急速に広まったのは、キリスト教の死者に対する丁寧な扱いがあったことが要因のひとつにあげられている。 信長、秀吉の頃、セミナリオ(神学校)を通して宗教音楽など... ...続きを見る

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2014/05/10 08:10
★スヴェーリンク  オルガン曲「わが青春はすでに過ぎ去り」
「わが青春はすでに過ぎ去り」は、スヴェーリンク(蘭1562-1621の)多くの変奏曲の中でもっとも有名な作品。 ドイツの弟子を通じてもたらされた世俗曲の旋律をもとにした六つの変奏曲。 「わたしの若い命は終わってゆく.......私の悲しみも、こうして流れ去るのだ。」といった哀調を帯びた旋律。 その歌詞の通り、「流れ去る時間」を思いつつ静かに耳を傾けることが出来る素晴らしい一曲だ。 ...続きを見る

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2014/05/09 07:37
★スヴェーリンク  オルガン曲「エコーファンタジア」「トッカータ ハ長」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)のオルガン曲は、コラール変奏曲などを取り上げたが、トッカータやファンタジアも彼の重要なジャンルである。 トッカータ ハ長など鍵盤を駆け巡る目の覚めるような見事な多彩な楽想が現れる。 一方、エコー・ファンタジアは、鍵盤の対比によるオルガン特有のエコーが響き、複音が反芻するように曲が流れ、印象的な楽曲である。 ...続きを見る

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2014/05/08 07:47
★スヴェーリンク  オルガン曲「大公の舞踏会」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)の、このオルガン曲「大公の舞踏会」は、イタリアの舞曲旋律に基づく四つの変奏曲で実に楽しい。 主題は、エミリオ・デ・ガヴァリエリのアリアの基づくものといわれている。 クラヴィオルガンによるCDもあり、屈託のない旋律と明るい変奏は、メルヘン的な魅力を味わうことが出来る。 ...続きを見る

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2014/05/07 07:34
★スヴェーリンク オルガン曲「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」
ヤン・ピーテルスゾン・スヴェーリンク(蘭1562-1621)は、17世紀初頭のオランダのアムステルダムの旧教会のオルガニストで、即興の名手とし、北ヨーロッパにその名を知られていた作曲家。 バロック鍵盤音楽の書法を開発し、その後展開するドイツオルガン音楽に大きな影響を与えている。 彼の門下生にドイツのシャイトやシャイデマンなどがいて彼らがドイツでオルガン音楽の種まき役をした。 「われ汝を呼ぶ、主イエス・キリスト」はコラールの4つの変奏曲で、定旋律のコラールが音域の変化、対位法、フーガなど... ...続きを見る

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2014/05/06 08:15
★ジェズアルド  「聖週間のためのレスポンソリウム」「ミゼレーレ」
カルロ・ジェズアルド(伊1560-1613)は、モンテヴェルディと並ぶイタルア・マドリガーレの代表的作曲家。 妻と愛人を殺害した痛苦の人生を送った人のようである。 「聖週間のレスポンソリウム」は、木、金、土の3曲ある 。「聖金曜日のためのレスポンソリウム」では、いきなり厚みのある深い響きの合唱で始まるの第1曲「我が友は皆我を見捨て」に魅せられそのまま最後まで引き込まれてゆく。 また「聖土曜日のためのレスポンソリウム」では、「見よ、いかに正しき者しすとも」「主が葬られたましし後」など圧... ...続きを見る

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2014/05/05 08:11
★トマス・モーリ  マドリガル「蕾にさえも悲しみは」他
トマス・モーリ(Thomas Morley英1557-16029) は、ジョン ウイルビー(Jhon Wilbye 英1575-1638)、トーマス・ウィールクス(Thomas Weelkes英1576-1623)とともに ルネッサンス音楽末期のイングリッシュ・マドリガルの作曲家。 なかでもモーリは主導的な立場にあった人である。 モーリの場合は、当時のイタリア・マドリガルを範として作曲しているが、「今や五月」「蕾にさえも悲しみは」「4月は愛しい人のおもざし」「やさしいニンフが君の恋人を」... ...続きを見る

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2014/05/04 08:23
★ジョバンニ・ガブリエル  ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」
ジョバンニ・ガブリエル(伊1553-1612)の ミサ曲「シンフォニエ・サクレ第2集」は、バロック時代の新しいコンチェルト様式で、ルネッサンスの多声音楽聖歌と異なり、旋律と通奏低音という2本柱で構成され、さらに器楽も使用されている。 ...続きを見る

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2014/05/03 10:42
★マレンツィオ  マドリガーレ「露に濡れた夜明け前に」他
ルーカ・マレンツィオ(伊1553-1599)は、ルネッサンス末期のイタリアの作曲家でマドリガーレの大家として知られる。マドリガーレは、16世紀初頭からイタリアで現われた形式で、自由詩にあわせたメロディがポリフォニーで作られる。 ヴィラールト、ローレ、ジェズアルド、モンテヴェルディなどとともに代表的作曲家の一人。 イタリアの貴族社会の社交的芸術として栄え、ペトラルカ、タッソー、サンナローザなど、優れた詩人の詩をメロディー化しており、マレンツィオのドリガーレは大変、質のよい優れた曲が多い ... ...続きを見る

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2014/05/02 07:36
★ G.アッレーグリ    「ミゼレーレ」
アッレーグリ(伊1552-1652)「ミゼレーレ」は、パレストリーナの「教皇マルチェルス」とともにヴァチカンのシスティーナ礼拝堂に鳴り響いていたといわれ、その典礼でしか聞くことのできない秘曲だったそうである。 その秘曲を、ローマを訪れたモーツアルトが一度聞いただけで全曲書き写してしまったというエピソードがある。 天井の高い教会に、下から駆け上がって行く声が同時に上から降り注いでくるような極度な高音が繰り返される。 ミゼレーレMiserereというのは、部下を戦場に送りその妻を奪うという... ...続きを見る

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2014/05/01 08:25
★P.ニコライ     コラール「暁の星はいと麗しきかな」
フィリップ・ニコライ(独1556-1608)は、コラール「目覚めよと呼ぶ声がする」とともに、コラール「暁の星はいと麗しきかな」の作曲者でもある。 フィリップ・ニコライは、ルター派の牧師であったが、彼のこれらの曲は、ミヒャエル プレトリウス(独1571-1621)等によってルター派のクリスマス コラールとして編曲されていった。 「暁の星はいと麗しきかな」はブクステフーデ(1637−1707)もオルガンのファンタジーとして編曲しているし、バッハは、同名のカンタータ(1番)を作曲している。 ... ...続きを見る

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2014/04/30 07:39
★エミリオ・デ・カヴァリエーリ   「エレミア哀歌とレスポンソリウム」
エミリオ・デ・カヴァリエーリ(伊1550〜16029)はルネッサンス後期、バロック初期の作曲家、オルガニスト、音楽監督。 最初のオラトリオ(ひとつの劇の全体を音楽化)を書いた人といわれる。 代表作は「魂と肉体の劇」。 カヴァリエーリの「エレミア哀歌」は、独唱者が通奏されるバス声部の伴奏に支えられる通奏低音手法を用いた初期の作品のひとつである。 「エレミア哀歌」とイエスの受難の物語(レスポンソリウム)と呼応させた作品で、朗ようする哀歌をいっそう深める力作である。 ...続きを見る

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2014/04/29 07:45
★レヒナー     モテト「もし主の御手から恵みを得るならば」 ハスラー モテト「主よいつまで私を」
  レヒナー(独1550-1606) ハスラー(独1562-1612)はルネッサンスからバロック移行期のドイツの重要な作曲家である。ルネッサンス期は、音楽の後進国だったドイツが、ルターの宗教改革とともに新たな歩みを始めた。 ルターは<万人司祭>の理念から母国語によるコラールを誕生させた。 以来、ルター→ラッスス→レヒナー→ハスラー→シュッツ→バッハへとプロテスタント音楽は台頭してゆく。 ハスラーのモテト「主よいつまで私を」は詩篇13に基づいているが、ほかにも「おお何とすばらしい贖罪」「主... ...続きを見る

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2014/04/28 07:39
★ハンドル モテトゥス「アヴェ・マリア」「トランペットを吹き鳴らせ」
ヤコブ・ハンドル(ユーゴ1550-1591)はウイーン、プラハなどで活躍。 ボヘミアの対抗宗教改革の作曲家。 かれのモテトゥス「アヴェ・マリア」は、格別に美しい。 繰り返し聞きたくなる心休まる曲。 「トランペットを吹き鳴らせ」も、トランペットの響きを感じさせる旋律で明るい曲。 待降節の歌。 ...続きを見る

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2014/04/27 08:37
★ヴィクトリア 「聖週間のレスポンソリウム集」
聖週間は、イエスの受難と苦痛に思いをはせ、悔恨のうちに祈りを捧げる期間である。 ヴィクトリア(西1548-1611)の「レスポンソリウム集」は、聖週間のうち、聖木、金、土曜日の3日間の「テネブレ(暗闇)のレスポンソリウム」といわれる18曲が作曲されている。 通常はグレゴリオ聖歌と歌われるものであるが、その歌詞に基づくもの。 聖書、エレミア書、詩篇、ヨブ記、イザヤ書からイエスの受難のさまざまな情景が歌われる。 グレゴリオ聖歌は、悔恨でのたうつように歌われるが、ビクトリアは、悲しみの歌詞... ...続きを見る

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2014/04/26 08:45
★ヴィクトリア     「死者のためのミサ曲」
ヴィクトリア(西1548-1611)は、ルネッサンス期スペイン最大の音楽家。 教会音楽家でミサ曲のほかにも、「アベマリア」をはじめ印象深いモテトゥスが数多くある。 「死者のためのミサ曲」は、皇帝マクシミリアン2世の皇后マリア(フェリペ二世の妹)の死を悼んで作曲された 。レクイエムの単旋律聖歌を定旋律として他の5声がポリフォニックにからむ形で展開するが、悲しみやさまざまな感情を完全に昇華してしまうようなハーモ二ーが美しい。 死んだ時には、是非このレクイエムを流してもらいたいと思ってしま... ...続きを見る

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2014/04/25 07:42
★ヴィクトリア      レクツイオ「我が心は生活に疲れたり」
ヴィクトリア(西1548-1611)のレクツイオ「我が心は生活に疲れたり」は、ヨブ記10章1−7節から歌詞が採られている。 義人で道徳的な完全主義者であるヨブが、神から「いわれなき受難」を受け、神に抗議する内容である。 「なぜ、私の不当さを探し私の罪を調べあげようとするのですか?あなたは知っておられるのに、私があなたに背くことを決して行わないのを」と 。レクツイオというのは、朗読に曲をつけたものである。 聖務日課でヨブ記が歌われるというのは、道徳主義者の驕りを戒めるところにあるのだろ... ...続きを見る

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2014/04/24 08:12
★グレゴリオ聖歌  交唱「アヴェ・マリア」 ヴィクトリア「アヴェ・マリア」「恵み深き救い主の御母」
グレゴリオ聖歌の  交唱「アヴェ・マリア」をベースにヴィクトリア(西1548-1611)が4声と二重合唱のための「アヴェ・マリア」を2曲作っている。 前者は、グレゴリオの原曲がそのまま生かされた、デ・プレに劣らぬ美しいポリフォーである。 後者は、マリアへの祈りを切々と歌う。 また、聖母マリア賛歌のモテトゥス「恵み深き救い主の御母」も聞き逃せない。 ...続きを見る

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2014/04/23 07:39
★W.バード     「5声のミサ」
バード(英1543-1623)の代表作は、「3声のミサ」[4声のミサ」[5声のミサ」である。 いずれも余計な装飾がない端正な曲ばかりである。 あまりにも完璧なハーモニーでただただ聞き従う以外にないような面もあるが、音と音が組み合わさって作られる力強さにいつの間にか呑み込まれてゆく。 中でも「5声のミサ」は、熟達したポリフォニーに感動する。 最後のアニュス・デーの美しさは格別である。 ...続きを見る

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2014/04/22 07:56
★W.バード   「グレイト・サービス(大礼拝曲)」
W.バード(英1543-1623)に、イギリスの国教会のために書かれた英語の典礼曲「グレイト・サービス(大礼拝曲)」がある。 早祷の<ヴェニテVenite>,<テデウムTe Deum>,<ベネディクツスBenedictice>,晩祷の<マニフィカトMagnificat>,<ヌンク・ディミティスNunc Dimittis,そして<クレドCredo>からなる。 未だ国教会の礼拝式が定まっていない頃の作品であるが、5声部にわかれている。出だしのVenite,から美しいハーモニーを聞くことが出来... ...続きを見る

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2014/04/21 07:51
★コヴェントリ・キャロル     「ラリ ルラ、小さき子よ」「ララバイ(子守唄)」
コヴェントリ・キャロルとは、16世紀の英国のコヴェントリで歌われてきたクリスマスキャロルで、「ラリ ルラ、小さき子よ(July,july thou little tiny child)」は作者不明、「ララバイ(子守唄)」は、ウィリアム・バード(英1543-1623)の曲である。 ...続きを見る

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2014/04/20 08:29
★バード     「アヴェ ヴェルム コルプス」
「アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)」といえば、モーツアルトの曲が合唱などで必ず歌われ有名であるが、バード(英1543-1623)の曲もすばらしい。 アヴェ ヴェルム コルプス(めでたし まことの おんからだ)というのは、カトリック特有の聖餐のパンとぶどう酒がキリストの体に変わるという秘蹟を祝う歌である。 おおもとのグレゴリオ聖歌は、最後に「ああ、愛するイエス、あわれみ深いイエス、マリアの御子イエス」と歌う時、子供のようなかわいらしさがある。 十字架にかけられ... ...続きを見る

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2014/04/19 08:10
★W.バード    「コンソートソング(清らかな英国半島Fair Britain isle)(キリス
W.バード(英1543-1623)は、ミサの名曲があるが、コンソート・ソングの作曲者としても素晴らしい。 コンソート・ソングというのは、ヴィオールの合奏(コンソート)の伴奏を持つ独唱、または2重唱の歌曲であるが、「清らかな英国半島Fair Britain isle」「喪服の天使in angel's weed」などを聞くと、死者を悼む哀歌,悲歌ということもあるが、胸に迫るものがある。 「美しいスザンナSusanna fair」も美しい。 また、「キリストは蘇りChrist rising ... ...続きを見る

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2014/04/18 07:37
W.バード   アンセム「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto Go
「われらの力の神に向いて喜び歌い Sing joyfully unto God」 (詩篇第81編) は、W.バード(英1543-1623)の礼拝用アンセムのひとつ。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲のことで、この曲は、一緒に歌いたくなる楽しい曲である。 特に、「Blow the trumpet in the new moon(角笛を吹き鳴らせ、新月に)」という件りがくると、思わず口をついてしまう。 この詩篇には、「(神が)雷の隠れたところで答える」と... ...続きを見る

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2014/04/17 12:25
プリマヴェラ  マドリガ-レ & パレストリーナ ミサ「Nasce la gioia mia(私の
プリマヴェラ(Giovan Leonardo Primavera伊1540-1585)は、イタリアのマドリガーレの作曲家で、ジェズアルドとも親交があった人であるが、その作品は、「Nasce la gioia mia(私の喜びが生まれる」以外よく知られていない。 パレストリーナ(伊1525-1594)がプリマヴェラのこのマドリガーレを基にパロディ・ミサを作ったことで知られている。 このマドリガーレは、「美しい太陽をみつめるといつも喜びが生まれる」といったもので、プリマヴェラ(春という意味)... ...続きを見る

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2014/04/16 07:41
★ロバート ホワイト 「エレミア哀歌」
ロバート ホワイト(英1538-1574)は、トーマス・タリス(英1505-1585)より少し後の作曲家で、ヘンリ8世からエリザベス1世に変わる、丁度、宗教改革によってカトリックからプロテスタントのスタイルへの変更を余儀なくされた時代の人である。 特に、「エレミア哀歌」は、タリスの作品とともに傑作とされている。 20分を超える長い曲なれど、聞くものを少しも飽きさせない。 悲しみに満ちた響きがグイグイと迫ってくる。 また、モテトゥスも素晴らしく「主、汝にこたえたまわんことを」、「光にし... ...続きを見る

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2014/04/15 07:33
★ラッスス 宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、すでに詩篇曲を紹介したが、宗教的連作マドリガーレ「ペテロの涙」は、ラッススの「白鳥の歌」である。 「ペテロの涙」は、すばらしい曲であるが、詩の比重が大変大きい。 タンスイッロという人の詩であるが、イエスの予告どおり主を裏切ったペテロの苦しみ、果てしない痛みが、どこまでもペテロの心を突き刺してゆく。 「死への恐れのために私は生を拒んだ」「まことの命を拒んだ私はもう生きている理由はない」と。 この曲は、重唱とリコーダ中心のアンサンブルが一体とな... ...続きを見る

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2014/04/14 07:34
★ラッスス  ミサ「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」
オルランドゥス・ラッスス(フランドル1532-1594)は、宗教曲を紹介しているが、ここで取り上げるミサ曲「オスクレトゥル・メ(その口で私に口づけを)」は、ラッスス自身が作曲した旧約聖書「雅歌」の第1章「ソロモンの雅歌」に基づくモテトゥスのパロディ・ミサである。 原曲そのものは地味であるが、音の流れ、変化が微妙で多彩で美しい響き聞き取ることが出来る。 パロディ・ミサとしては、このほか「途方にくれてPusque j'ai perdu」がある。 当時流行したシャンソンをもとにしたもので豊か... ...続きを見る

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2014/04/13 08:11
★ラッスス    「主よ、御身の怒りにて(懺悔詩篇曲)」
ラッスス(フランドル1532-1594)は、パレストリーナとともにルネッサンス・ポリフォニーの完成者といわれる人である。 この詩篇曲は、詩篇6を作曲したもの。 詩篇6は詩篇5と対になっていて、5は「他者弾劾の詩」、6は「自己弾劾の詩」といわれる。 確かに「他者弾劾」だけでなく「自己弾劾」もしているが、まだニーチェの言うルサンチマン(弱者が強者に抱く怨念)を感ずる詩篇でもある。 自他に対する神の怒りを恐れる気持ちを静かに乗せて曲は流れてゆく。 ...続きを見る

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2014/04/12 08:21
★パレストリーナ    モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほとりで」
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、旧約の神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神(旧約の神)がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。 愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 こ... ...続きを見る

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2014/04/11 07:34

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