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繰返し聞き続ける古楽100
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クラシック音楽の、グレゴリオからバッハあたりまでの範囲で、私の好きな「この一曲」を紹介。
「古楽100」の全体リスト→http://www.cityfujisawa.ne.jp/~m-itazu/kogaku100.html

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タイトル 日 時
繰返し聞き続ける古楽(3)-25パレストリーナ  モテット「鹿が谷川を慕うごとく」「バビロン川のほと
パレストリーナ(伊1525-1594)の代表的なモテット。 詩篇42、詩篇137に基づくものであるが、バビロンの捕囚など、イスラエルが破壊され、神に見放されてしまう絶望の時期の詩である。敵を倒す神はもはやいない、ひたすら苦しみをともにしてくれる受苦の神がいるだけである。 聖書には、羊がよく出てくるが、鹿が出てくるのは珍しい。愚鈍で迷いやすい羊と比べ、繊細でひ弱なイメージがある。喉が渇ききっていてもどこかノーブルな鹿のように、パレストリーナの曲もやさしく美しい。 このほか、モテット「我は日々... ...続きを見る

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2019/03/20 07:40
繰返し聞き続ける古楽(3)-24 パレストリーナ「教皇マルチェルスのミサ」
この曲は、ルネッサンス後期の大作曲家パレストリーナ(伊1525-1594)の代表作。 ルターの宗教改革でドイツ語による「コラール」が生まれ独自の教会音楽が育ってゆくなか、カトリックのミサの言葉が不明朗といわれた多声音楽を、言葉がよく聞き取れるという典礼の要請と芸術の完成度を両立作品として知られる。端正で明るく、透き通るような美しさがある。 また 「スタ-バト・マーテル」はペルコレージが有名だが、パレストリーナのこの曲も美しい。 調和した響きに、静かに打ち寄せる波のようなリズムがあり、おそ... ...続きを見る

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2019/03/19 07:37
繰返し聞き続ける古楽(3)-23 アントニオ・デ・カベソン 「ディファレンシアス」「 ティエント」
アントニオ・デ・カベソン(西1510-1566 Antonio de Cabezon)は、モラレスなどとともにイベリア半島の大作曲家の一人。 フェリペ(カール)2世に仕えた盲目の宮廷音楽家でオルガンの作曲家ある。 スペインには古くからオルガンが使われてきたが、カベソンが16世紀,スペイン音楽にオルガン曲を開花させた。 彼は、スペインのバッハとも言われる。 「ディファレンシアス」は、変奏曲という意味である。 「騎士の歌」「イタリア風パヴァーナ」{ミラノ風ガリアリダ」などのディファレンシア... ...続きを見る

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2019/03/18 07:09
繰返し聞き続ける古楽(3)-22 トーマス・タリス   「4声のミサ」、モテット、アンセム
トーマス・タリス(英1505-1585)は、「エレミア哀歌」で有名であるが 「4声のミサ」や数々の「モテット」、「アンセム」「ミサ」が聞き応えある。 バード(英1543-1623)とともに、エリザベス1世時代、カトリックから英国国教会のために、ラテン語から英語を用いて音楽を作ることを要請された時代の作曲家である。 アンセムとは、イングランド国教会の礼拝(サービス)のなかの短い合唱曲で、英国国教会版モテットのことである。彼のラテン語によるモテットにすばらしいものがある。 「祭祀たちは食を断ち... ...続きを見る

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2019/03/17 10:31
繰返し聞き続ける古楽(3)-21 トーマス・タリス  「エレミア哀歌」
トーマス・タリス(英1505-1585)の「エレミア哀歌」は、ルネッサンス時代の英国における宗教曲の中でバードのミサ曲(3声、4声、5声)とともに特に美しいものとしてと知られる。 「エレミア哀歌」は旧約聖書に出てくる預言者エレミアが、紀元前6世紀、新バビロニアに滅ぼされたエルサレムの荒廃を嘆いたとされる歌である。原典のヘブル語で、詩の各節が、ABCのアルファベットで始まるように作られている。 「エレミア哀歌」は、タリスのほかにも、アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520),ホワイト(英... ...続きを見る

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2019/03/16 06:56
繰返し聞き続ける古楽(3)-20 モラレス  モテトゥス「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語
クリストバル・デ・モラレス(西1500-1553)は、モテトゥスにおいて素晴らしい曲が多い。 すべてに劇的な表現力と抑制の調和が実現されている。なかでも、「より良き生活のうちに」「羊飼いたちよ、語れ」が一層心に滲み込んでくる。 「より良き生活のうちに」は、歌詞が、「人間は,埃から生まれ死して埃に返るにすぎない存在である。」打ち砕かれた謙虚な心こそが人間にふさわしいと悔い改めを求める。「羊飼いたちよ、語れ」は「キリストのご誕生を」と歌うくだりに、えもいわれぬ喜びが感じられる。 このほかのモテ... ...続きを見る

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2019/03/15 07:52
繰返し聞き続ける古楽(3)-19 ジャヌカン  シャンソン「狩の歌」「鳥の歌」「女のおしゃべり」
クレマン・ジャヌカン(仏1485-1558)はフランスの世俗歌謡シャンソンの作曲家であるが、言葉に鳥や動物の擬音や擬態語を取り入れるとともに、市民の日常生活を描写した歌を作り出していて、その独特でダイナミックな音の世界に圧倒される。 「鳥の歌」「狩の歌」など鳥、動物と言葉の混成体が、四声の複雑な音の組み合わせで展開するその技は神がかりでさえある。無条件に面白いし、この時代にこのような優れた労作が数多く作り出されていたことにただただ驚くばかりである。 ...続きを見る

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2019/03/14 07:27
繰返し聞き続ける古楽(3)-18 ニコラ・ゴンベール  モテット「命半ばにわれら死ぬ」世俗歌「兎狩
ゴンベール(フランドル1495-1560)は、ジョスカン・デ・プレの弟子であり、ジョスカンより不協和音などを積極的に取り入れた複雑なポリフォニを作っている。 モテット「ムーサたちよ嘆け」は、ジョスカンの追悼曲で不協和音などの効果がよく現れている代表例である。 ゴンベールは、自作のモテット「命半ばにわれら死ぬ」をもとに、パロディミサを作っている。 和声の、低音に深みと複雑な音の推移に魅了される。 「命半ば」というのは、「永遠の命」に対する言葉なのであろう。 「罪深いわれらに苦い死を与えな... ...続きを見る

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2019/03/13 07:00
繰返し聞き続ける古楽(3)-17 レリティエル   モテトゥス「ニグラ・スム」
ジャン・レリティエル(仏、伊1480-1552)はジョスカン・デプレの弟子である。 彼のモテトゥス「ニグラ・スム」は、パレストリーナが、それをもとにパロディミサ「ニグラ・スム」として作曲していることから、注目されいるのであるが、レリティエルの素朴な美しさは胸に染み入ってくる。 「ニグラ・スム」は旧約のソロモン雅歌にテキストがあるが、「私は、色が黒いが美しい。だから王に愛されて、ご自分の寝室に導き入れられた。」という元来エロティックな歌詞が、主とマリアの詩に変えられていったもの。聖と俗が融合す... ...続きを見る

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2019/03/12 07:59
繰返し聞き続ける古楽(3)-16 W.コーニッシュ「悲しみにくれて」「ああロビン」(世俗歌:キャロ
W.コーニッシュ(英1465-1523)ルネッサンス初期のヘンリー8世時代の傑出した作曲家。 このような美しい曲が、この時代になぜ作られたのかと思われるほど印象深い。 特に「ああロビン」は有名で不思議な音がする曲であるが、それに劣らず、「悲しみにくれて」も、十字架に釘付けにされたイエスの受動の極限ともいうべき姿の悲しみを歌っている。 一方、コーニッシュは宗教曲であるモテトゥスも聞き応えのある作品を作っている。 「サルヴェ・レジーナ」「キリストの母なる処女よ、喜べ」など美しい曲があるが、「... ...続きを見る

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2019/03/11 07:34
繰返し聞き続ける古楽(3)-15 ブリュメル 「エレミア哀歌」
アントワーヌ・ブリュメリ(仏1460-1520)は、ジョスカンなどと同世代の作曲家で、北フランス、ジュネーブ、イタリアなどで活躍した人であるが、余り記録もなく良く知られていない。 エレミア哀歌は、なにげない音の流れに、秘めた悲しみが漂うような感動を覚える曲である。 ...続きを見る

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2019/03/10 07:38
繰返し聞き続ける古楽(3)-14 ラ・リュ- 「レクイエム」
ピエール・ド・ラ・リュ-(フランドル1460-1518)は、オブレヒトなどとともにジョスカン・デ・プレの同時代者。 彼の「レクイエム」は、オケゲムのレクイエムに続く古いポリフォニーのレクイエムである。 この曲は、まるで死者を柔らかく包んで雲に乗せて送るような雰囲気がある。 音域が低いので、肉声と器楽の組合わせで演奏されることが多いがそこがまた魅力である。彼の作品中もっとも傑出したものとされているが、聞く人引き込んでゆくような不思議な優しさがある。このほか、モテトゥス「めでたし女王、哀れみ深... ...続きを見る

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2019/03/09 07:47
繰返し聞き続ける古楽(3)-13 オブレヒト  モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十
ヤコブ・オブレヒト(フランドル1450-1505)は、ジョスカン・デ・プレの同時代者で、イザーク、ラ・リューなどとともに活躍。 オランダのユトレヒトでオブレヒトが楽長をしていたとき、高名なユマニストのエラスムスが少年聖歌隊員として歌っていたといわれる。 オブレヒトは平明な作風といわれ、モテトゥス「祝されたまえり、マリア」「めでたし、十字架よ」の2曲は、グレゴリオ聖歌などのプレーンチャントの複数の旋律と歌詞が4声、5声でそれぞれポリフォニックに模倣し合いながら歌われ大変楽しく聞くことが出来る。 ...続きを見る

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2019/03/08 07:06
繰返し聞き続ける古楽(3)-12 イザーク モテトゥス「至高なる羊飼いよ」他
イザーク((フランドル、1450−1517)は、ジョスカン・デ・プレと並び立つ実力派でである。 シャンソンなどのほかに宗教音楽でも「使徒のミサ」や重厚なモテトゥスで聞くものを圧倒する。 モテトゥス「至高なる羊飼いよ」などは、重厚な中にも自然な伸びやかさがある。 また「あなたはまったく美しい」は、ハーモニックな調べの後半、何度もあらわれる沈黙があり、終息に向かい引き潮を聞いているような美しさがある。ほかに、「いとも賢きかの処女が」など ...続きを見る

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2019/03/07 07:27
繰返し聞き続ける古楽(3)-11 イザーク 「私は安楽に暮らせない」「インスブルックよ、さらば」
イザーク((フランドル、1450−1517)は、デ・プレと並び立つ大家である。 「インスブルックよ、さらば」は、インスブルック冬季五輪の閉会式で歌われるなど、今も歌われていて有名であるが、「私は安楽に暮らせない」というシャンソンも、深いバスの音が心に染みてくる。何度聞いても飽きない一曲である。 ...続きを見る

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2019/03/06 08:04
繰返し聞き続ける古楽(3)-10 ジョスカン・デ・プレ  シャンソン「千々の悲しみ」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)のシャンソン「千々の悲しみmille regrets」は、「天正の少年使節」が秀吉の前で演奏トしたとされる曲。 当時スペインなどで流行、神聖ローマ帝国の皇帝カール5世が大変好きだったことから「皇帝の歌」とも言われている。(この曲はモラレス、ゴンベール,ナルバエスなどが編曲している。) この曲とは別にジョスカンには、「わが愛しき人Que vous ma dame」などのシャンソンがある。 グレゴリオ聖歌の一部が定旋律になっているモテゥス... ...続きを見る

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2019/03/05 08:10
繰返し聞き続ける古楽(3)-9 ジョスカン・デ・プレ 「オケゲムの死を悼む晩歌」 「アヴェ・マリア」
ジョスカン・デ・プレ(フランドル、1440−1521)は、ルネッサンス音楽の最盛期の大作曲家の一人。 彼の作品のなかで、とくに美しいといわれる作品。 オケゲムの死を悼む曲が、オケゲムを引き継ぐデ・プレによって作られ、このように美しい5声によって歌われ、次世代へと音楽の調和の輪が広がってゆくことに感動する。 歌詞のなかに、次の世代の作曲家、ジョスカン、ブリュメル、ラ・リュー、コンベールの4名が出てくる。 またアヴェ・マリアは、グノーやアルカデルトなど旋律の美しいものが有名だしたくさんあるが... ...続きを見る

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2019/03/04 06:32
繰返し聞き続ける古楽(3)-8 オケゲム 「レクイエム」「けがれなき神の母Intemerata De
オケゲム(Johannes Ockeghemフランドル1410頃-1497)のレクイエムは、史上最古のポリフォニー・レクイエムといわれるものである。 中世のあいだは死者のためのミサは、グレゴリオ聖歌によって演奏されてきたが、デュファイやオケゲムによって初めて多声化された(残念ながらデュファイの曲は、残されていない)。 オケゲムの「レクイエム」章のひとつ(トラクトゥス)に詩篇42「鹿が谷川を慕うごとく」が取り入れられている。 「魂は神を慕いあえぐ」「お前の神はどこにいる」など神に見放されてし... ...続きを見る

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2019/03/03 07:48
繰返し聞き続ける古楽(3)-7 ギョーム・デュファイ   シャンソン「ああ,わが悲しみ」
デュファイ(フランドル1400-1474)のシャンソンのなかでは、「もしも私の顔が青いなら」が、同名の彼の代表作のミサにその旋律が使われていることで有名であるが、数あるシャンソンのなかで一際印象的な旋律が、「ああ,わが悲しみ(Helas mon dueil)」である。現代のフォークソングにも通ずる叙情的な旋律は、一人だけのものではく、皆と悲しみを共有する旋律である。 ほかに、「「よい日,よい月、よい年」「新年の日」「もしも私の顔の青いなら」など。 ...続きを見る

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2019/03/02 07:28
繰返し聞き続ける古楽(3)-6ダンスタブル  モテトゥス「聖霊よ、来たりたまえVeni Sancte
ジョン・ダンスタブル(英1390-1453)は、中世末期イギリスの最大の作曲家といわれ、大陸とイギリスの和声を融合しルネッサンス音楽誕生をもたらした人と言われている。 この曲は、中世音楽の手法である複雑なイソリズム(旋律を反復する一定の繰り返されるリズムに埋め込む手法)を用いている驚異的なモテトウスである。 二つのグレゴリオ聖歌のVeni Sancte SpiritusとVeni creator Spritusと前者の改編した曲に基づく4声を、反復するリズムにまさに埋め込みながら展開させる。... ...続きを見る

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2019/03/01 08:09

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